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顔の半分を隠す髪は、人に顔を見られないように。 いつも下を向くようにしてるのは、人に顔を見せないようにするため。 女の子になれば、全部忘れられると思った。 女の子になれば……何も、なかったことにできると思っていたんだ。 帰りのHRが終わって、一気に騒がしくなった教室。 ガタガタと席を立つ音やこの後の予定を話し合う人の声が瞬く間に広がって、それに紛れるように僕も立ち上がろうとした時だった。 「なぁ、安岡ちょっといいか?」 「――――え……?」 クラスメイトの北村くんに急に話しかけられたんだ。 二年生に上がってからもうまるまる二ヶ月は経つ。その間ずっとクラスメイトということ以外、何も関わりがなかっただけに、急に話しかけられたことが少しだけ怖い。 「あの……な、に?」 僕よりもずっとずっと大きな体の北村くんからは、それだけで押さえつけられるようなものを感じてしまう。 僕の席は一番廊下側の真ん中。そのせいで席の左側――北村くんがいる所に立たれてしまうと身動きが取れないせいかもしれない。 「ああ、安岡、俺のカットモデルになってくれないか?」 「か……?」 「俺将来美容師になりたくてさ、これでもけっこう練習してんだぜ。でも前のカットモデル頼んでたヤツが事情があってやめちまったんだ。んで、どーすっかなーって思ってたらびっくり。すげー上質の髪を持ってる奴がクラスにいるじゃねーか!」 大きな体を大げさに動かしながら事情を説明する北村くん。だけど僕にはちっともわからないことがあった。 「それって、誰?」 北村くんが言い出したことが本当にわからなくて。 理解しようにも、他のクラスの皆から好奇の目を向けられているこの状況が辛くて、知らないうちに突き放すような言い方をしてしまった。 「あぁ? おまえだよ、お・ま・え! 話の流れで分かれってーの」 途端に不機嫌そうになった声に体が竦む。 「ま、いいか。それよりも頼む! 引き受けてくれ!」 けれどすぐさま真剣なものになった声が、僕の上のほうから降りてくる。 ――……カットモデルってことは……髪をいじられる? だったら、断らないと。 「な? 頼む、いいだろ?」 顔を合わせることなんかできずに下を向いていたから気づいた。北村くんの両手が僕の肩のほうに動いて……。 ――――パシンッ―――― 「あ――――」 ほとんど無意識のうちに、僕は肩へと伸びてきた北村くんの手を叩き落としていた。 叩いてしまった時に思いのほか鋭い音が響いて、北村くんが息を飲んだような気配が伝わってくる。 ――逃げないと……。 その思いに駆られて、机と北村くんの間に無理に体をねじ込ませる。 だけどその動きは北村くんのバランスを崩させてしまったみたいで。 一歩後ずさった北村くんは隣の席の椅子に引っかかって、背中のほうから盛大に倒れこんでしまった。 「っ…てぇ~」 「ぁ………ごめんなさい」 しん、となってしまった教室の中、僕のかすれた声が妙に響く。 そして僕はそれ以上の謝罪も、北村くんを助け起こすことも出来ず、教室から逃げ出してしまったんだ。 次の日の学校、恐る恐る教室を覗き込んだけど北村くんはまだ来てなかった。 そのことにほっとして……安堵の息を漏らしてしまったことに自己嫌悪しながら自分の席に着く。 昨日、かなり最低なことをしてしまったという自覚はある。 人を突き飛ばして転ばせて、しかもろくに謝りもしないまま逃げ出してしまったんだから。 でも……混乱してたんだ。 人を突き飛ばしてしまった経験なんて全くなかったし、ほとんど無関係に近かった人にいきなり話しかけられて…………。 ――ううん、違う。 自分への言い訳を断ち切るように首を振る。 たぶん僕は、認めたくないんだ。まだ、立ち直れてないだなんて認めたくなくて……だから逃げてしまった。 肩と首は違う場所。 そんなこと当たり前のこともわからなくなるほど、まだ人の手があんなに怖いなんて……。 不意に席の横を誰かが通って、思いっきり身体が跳ねる。北村くんが来たのかと身構えたけど違う人だった。 ――……ちゃんと謝らなきゃ。 謝って、そして断らないと。髪を切るつもりはないから、って。 決意してずっと入り口のほうを様子を伺い続ける。 だけど予鈴が鳴っても、一限目が始まっても、いつまでも北村くんは教室に現れないまま、とうとう放課後になってしまった。 どうしたんだろうという疑問と、顔を合わせなくて済んだという安堵と、けれど謝罪が先延ばしになったことへの憂鬱。 色んな感情の中、だけどやっぱり憂鬱を強く感じながら僕は帰り支度に取り掛かる。 「安岡さん、何帰ろうとしてるの?」 「え……?」 声をしたほうを見れば、スカートの端が視界に入る。 「今週、私たち教室の掃除当番でしょ? 昨日安岡さんったら先に帰っちゃうんだから」 はい、と僕の分の箒を差し出されて、今更ながらのことを思い出して、ざっと血の気が引いていく。 「ぁ……の、ごめん、なさい……」 「いーよ。でも今日のごみ捨てはお願いね」 それだけ言って、その子は机を後ろにどかす作業に入っていった。 こういう時に、ここは本当に良いクラスだと思う。 たったそれくらいのことで、昨日のことをまったく追及もせずに済ませてくれた。 皆、どうすれば人が嫌な気持ちになるのかわかってくれてるんだと思う。だから僕みたいなのでも、クラスから極端に浮かずにいられるんだ。 僕とその子と、あと男子三人で掃き掃除を手早く済ませて、四人は思い思いの場所に向かっていった。 残った僕もごみ箱の中身を、校舎裏のごみ置き場に持っていったらそれで仕事はおしまいだ。 あまり入ってない軽いごみ箱を抱えて校舎裏まで行って、でもこの時間はごみ置き場が混むから、思ったよりも時間がかかってしまった。 だけど、それは別にどうでもいいんだ。 ごみを捨てて、ゆっくりと歩いて教室の前まで戻ってきた僕は、教室の中から響いてきた会話に凍りつかされる。 「ね~、私のことカットモデルにしない?」 「その誘いはありがたいけど、もう決めちゃったからな~。ゴメン!」 隣のクラスの女の子の甘えるような声に答えたのは、今日はついに学校に来なかったはずの人。 ――どう…して……? ごみ捨てに行く前はいなかったのに。 「なーんだ、残念!」 言葉とは全然違う、あんまり残念がってない声で女の子は笑ってる。 「悪いな。もう俺あいつにするって決めちゃったから。な!」 な、の所で唐突に北村くんに視線を合わされて、廊下で僕は息を飲んだ。 ――気づかれてた。 そうわかった瞬間、このまま逃げようと身体が動きかけて、だけど足が固まってしまったみたいに動かなくて。 ゆっくりと北村くんが近づいてくるのを、僕はただその場で待ってしまうことになった。 「昨日はドーモ」 妙に優しげな声の北村くんが逆に怖い。 「あ、あのっ……」 「いや~、いきなりあんなこと言い出した俺も悪かったけどさ、まっさか安岡が人を突き飛ばすなんて思ってなかったんだよな~」 「それはっ……」 「でな、間抜けな話、俺さ油断してたせいで受身取り損なって腰痛めたんだわ」 北村くんのその言葉に僕は自分の顔が青くなるのがわかった。 「ま、そういうわけだから。お詫びにカットモデルくらいなってくれるよな?」 北村くんは普通に問いかける口調なのに、僕のほうにやましい所があるせいで脅されてるように感じてしまう。 「なってくれるよな?」 もう一度聞かれて思わず身体が竦んでしまう。自分より大きな人からはどうしても威圧感を感じてしまって、怖い。 耐え切れなくなった僕が頷くと、それまで北村くんから感じてた威圧感がふっと消える。 「サンキュ」 信じられないほど優しい、安心できる声が聞こえて、それに驚いて顔を上げる。だけどすでに北村くんは女の子たちの方を向いていてどんな顔をしてるのかわからなかった。 「じゃ、俺たち帰るから」 「じゃーねー」 「安岡さんのこと、あんまりいじめちゃだめだよ~?」 女の子たちの口々の声に見送られながら、僕は北村くんにつれられて教室を出た。 「あの……どこに…?」 「ん? ああ、俺んち」 学校から歩いて十分と自慢げに話す北村くん。 「北村くんの、家?」 「おう、道具とか全部家に置いてあるからな」 すぐに僕の質問に答えてくれて、だけどそれきり話すことがなくなってしまって、無言で北村くんの後をついていく。 「あの……ごめんなさい」 だけど校門に来たあたりで思い出してそう口にすると、北村くんは不審そうに僕の方を振り向いた。 「なんだ? あ、もしかして今日は他に予定でもあんのか?」 「そうじゃなくて……昨日北村くんのこと転ばせちゃって、しかも怪我までさせちゃって……」 もう一度ごめんなさいと小さくなってしまった声で言うと、なぜか北村くんが息を飲んだような気配が伝わってきた。 「……?」 「あ、いや、別に大したことないから。だからそんな気にすんなよ、なっ?」 焦ったように言う北村くんが不思議だったけど、すぐに許してもらえてほっとした僕だった。 そのやり取りが終わった後、さっきよりもゆっくりと歩く北村くんについて行って、本当に十分くらいで北村くんの家に着いた。 「ここ、って……」 「ああ、駅から近くて便利だろ」 そう、北村くんの家は僕がいつも登下校で使ってる駅の近くだったんだ。 美容師になりたいって北村くんが言ってたからてっきり家が美容院なのかなと思ってたんだけど、北村くんの家は普通の二階建て一軒家だった。 「どうした、上がれよ?」 「…おじゃまします」 一瞬躊躇ったけど、そんなことしてても何にもならないからおとなしく北村くんに従って中に入る。 玄関からまっすぐ入ったリビングに通されて、僕にソファに座るように言って北村くんは隣のキッチンに消えていった。 僕の家よりけっこう広くて、なんだか温かい感じがするリビング。だけどもちろんくつろげるわけなくて、じっと待っているとすぐに北村くんは何かを持って戻ってきた。 「あいよ、お待たせ」 麦茶の入ったグラスを手渡される。 「ありがとう……」 一口飲んで、自分がどれだけ緊張して喉が渇いてたのかやっと自覚した。 ――おいしい。 麦茶のおかげでそれも少し和らいだみたいだ。 「それでカットモデルのことなんだけど…」 本題を切り出されて、身体が硬くなったのが自分でもわかった。 だけど幸い北村くんは気づかなかったみたいで、そのまま言葉を続ける。 「まず髪触ってもいいか?」 「え…?」 「髪が今どんな状態なのか、触ればけっこうわかるもんなんだ。いいか?」 真剣な声。どれだけ北村くんが真面目に美容師を目指してるのか、それだけで伝わってきて、僕は嫌だなんて言えずに頷いた。 すると北村くんはソファに座ってる僕の正面に膝を着いて、向かい合う形になる。 「じゃ、触るぞ」 言葉とほぼ同時に北村くんの指が頭に触れて、大げさに身体が動いてしまった。 「っと、悪い。なんかしちゃったか?」 慌てて聞いてくる北村くんの声に、僕は首を横に振って否定した。 ――大丈夫……。ただ、髪を触られるだけ。 そう自分に言い聞かせる。 「触るぞ?」 さっきよりもゆっくりと僕の頭に指が触れて、今度は僕も拒絶しなかった。 「あー、やっぱ髪やわらかいな~」 横の髪を梳くようにしたり、髪の流れに逆らって撫でてみたり、たまにひと房持ち上げてみたり…。 ――なんか……。 すごく心地いい。 最初はあんなに嫌だと思ってたのに、昨日あんなに僕を怯えさせたこの大きな手が、今はすごく安心できる。 「でも思ってたよりわりと毛先以外は痛んでないな。なんかケアとかしてるのか?」 話してる間も北村くんは手を止めない。 「シャンプーと……リンスだけ」 ぼんやりと答えながら、いつの間にか僕は目を閉じてしまっていた。 「本当にそれだけで、この傷み方で済んでるのか?」 少し驚いたような北村くんの声に目を閉じたまま頷く。 髪のごく表面を触られてるだけなのに、まるで僕自身を撫でられてるように感じてしまって、すごく安心できる。 『この不思議な感じがずっと続いてほしい』 そうさえ思ってしまって、僕は自分のあまりの心境の変化に内心驚いた。 ――…でも、いいや。 今はこの心地の良い状況が続いてるんだから。 「まぁ~、でも……」 突然、北村くんの声が不自然に途切れる。しかも声だけじゃなく手の動きまでも。 不思議に思って目を開けると、目を見開いて僕を見ている北村くんの顔が映る。 ――え……? 景色がさっきまでより明るい? 「あ…ぁ……」 頭が理解するより、身体が勝手に反応してしまう。 『おまえさえ、いなければ…!』 やだ……思い出したくない…っ。 「安岡? おい、どうし…」 「いやだっ!!!」 目一杯の力で抵抗して、目の前にいる人を押しのけて僕は廊下の方に逃げ出す。 ――助けて、たすけて、タスケテ…! 「安岡っ!?」 後ろから誰かが追ってきて手首を掴まれる。どんなに振りほどこうとしても離れなくて、それが恐怖に拍車を掛ける。 「やめて、放してっ!」 息が苦しい。冷や汗が止まらない。 お願いだから、誰か僕を助けて…っ。 「いい加減にしろっ!!!」 とても近くからの怒鳴り声に僕は息を飲んだ。その拍子に抵抗することも忘れてしまう。 「ったく、なんなんだよ」 嫌われる。いらないって言われる。また、見捨てられる…! ぐるぐると頭の中にそれだけが回っていて他に何も考えられない。 ガタガタと身体が震えだして、まだ僕の手首を掴んでる人にもそれが伝わってしまった。 「安岡、おまえどうしたんだよ…?」 考えたくない、絶対に。もうあの事なんて…。 答えない僕に痺れを切らしたのか、目の前の人が忌々しげにため息を吐く。それにさえ身体がビクつく。 「大丈夫だ」 ふっと温かい何かに身体が包まれて、震えが収まっていく。 それが北村くんの腕の中だとわかってからもなぜかすごく安心できて。僕はそこでそのままじっとしていた。 「もう平気か?」 しばらくしてそう聞かれて、頷くと北村くんはゆっくりと僕から腕を外した。 いきなりあんなふうになってしまって居たたまれないのと恥ずかしいのでまともに北村くんを見れない。 「じゃ、続けても平気だな?」 驚いて顔を上げると、北村くんが意外そうに聞いてきた。 「どうした、もう嫌か?」 「…訊かないの?」 僕がこんなふうに錯乱してしまった理由を。 「聞いたら教えてくれるのか?」 ごく普通に聞き返されて、僕は返答に困ってしまった。 北村くんには迷惑を掛けてしまったけれど、出来ればその話をあまりしたくない。 黙ってしまった僕に北村くんは苦笑してこう言ってくれる。 「人には聞かれたくないことの一つや二つ誰にだってあるだろ? 安岡が話したいならいくらでも聞くけど、そうじゃないなら無理に聞くようなマネはしねーよ」 だからこの話は終わりだと言ってくれる北村くんの存在がすごく嬉しかった。 「ま、それに? カットモデルのこと断られてもあれだしな~」 けっこうひどい言い草だったけど、それがただの冗談だって今の僕ならわかる。 「いまさら断らないよ。だけど……」 「わかってる」 最低限の言葉だけで僕が言おうとしてたことを察してくれる北村くん。 『前髪にはあまり触らないで』 まだ吹っ切れてないから。 せめて、もう少し時間がほしいから……。 「で、安岡。いま自分で断らないって言ったよな?」 「? うん」 頷くと北村くんは口の中でごにょごにょ言って、やおら頭を下げてきた。 「え、えっ?」 「悪い、嘘ついてた! 俺、腰痛めてなんてない!」 突然大声でそう告白されて、だけど別にそれはもうどうでも良かった。 「どうしてだ?」 その北村くんの言葉にはわざと答えなかった。こんな答えを言うのは恥ずかしかったから。 北村くんといれば、僕は変われる気がするからだなんて。 安らぎを与えてくれる彼のそばに、ずっといたかったからだなんて。 ~~北村編~~ 本音を言えば、初めは変な奴だなとしか思ってなかった。 いつも下を向いていて、たまに何かを言いたげにしてても、すぐにそのまま口を閉ざす。 カットモデルを頼んだのだって、ただ髪が魅力的だったからでそれ以上の理由は全く無かった。 ……そのはずだった。 「結、今日も俺んち寄ってくか?」 帰りのHRが終わり、俺は二つ前の席の小さな頭に声を掛ける。 「うん」 コクンと頷きながら小さな声で返事をする結。 やべぇ、可愛い。 「……北村くん?」 「あ…っと、駅の方には今日は行かなくていいよな?」 動揺を隠すための俺の質問にもう一度首を縦に振って、異議がないことを伝えてくる結。 ――あーもーっ、ほんとにこいつは…っ。 思考がループしかけてるのに自分で気づいて、ゲフンと一つ奇妙な咳払いをする。 「うし。じゃあ行くか」 そうして先に歩き出してから、いつものように何気なさを装って後ろを振り返る。そして結が少し早足でついて来てるのを確認して、少し速いかと俺は歩調を緩める。 こうやって二人で、ゆっくりとした歩調で歩いていく時間は、俺の中でかなり居心地の良いものになっていた。 結――安岡結と個人的に付き合うようになって大体一ヵ月半。ああ、付き合うって言ってもただの友達付き合いだからな。 俺が結に話しかけたのは二年に進級して少し経ったころ、ゴールデンウィーク明け。 いつも猫背で下を向いていて、その上ぼさぼさの長い髪でよく顔が見えないクラスメイトを、周りは不気味がってるというか、とにかく敬遠してるかのように積極的に関わろうとする奴はいなかった。御多分に漏れず俺もそうだった。 だけど最初に話しかけたのは俺。 まったく話したこともなかったから、俺が声をかけると結はかなり驚いたふうだった。前髪で表情はわからなかったけど、雰囲気でわかった。 ……さて、なんで俺が急に結に話しかけたかといえば、もちろん理由がある。 俺はたまにチンピラに見られるような外見をしているけど、これでも美容師を目指している。なんでか……は、どうでもいいか。別に興味もないだろうし。 ともかく、目指してるだけあってちゃんと練習も積んでいる。 それでその練習台を最近まで彼女に頼んでいたんだが……。 『私の何処が好きなの?』 『髪だけ』 ……まあ、フられるのは当たり前だよな。 そんな理由があって、俺はそれまで大して気に留めてなかったクラスメイトに目を付けたわけだ。 無造作に伸ばしっぱなしっぽいぼさぼさの髪は、切るにしてもケアするのにも絶好の腕の見せ所という感じだったし、後で聞いたところ今まで一度も染めたこともなく真っ黒な髪は俺の好みというのもあったからな。 「な? 頼む、良いだろ?」 カットモデルの依頼とその理由を簡単に伝えてから、ふざけ半分もあって結の肩に手を置こうとしたところで、バシンという音とともに俺の手ははじかれていた。 ――……あ? 思わずはじかれた手を見て、動きが止まってしまった。自分よりもかなり小さい体の、その細い腕に思いっきり振り払われる。 自分で思うよりそのことに驚いていたらしい。気づけば俺は、結に押されて完璧に転ばされていた。 「っ…てぇ~」 周囲の椅子や机にぶつかりまくりながら、しかも背中から倒れこんだせいで、やたら派手な音とかなりの痛みが襲い掛かってくる。 「ぁ………ごめんなさい」 短い、聞き逃してしまいそうな謝罪の言葉だけを残して、結は静まり返ってしまった教室から走り去っていく。 こんな感じが結とのファーストコンタクトだった。 「北村くん……?」 結の顔を見ながらあの時のことを思い出していたら、怪訝そうに名前を呼ばれてハッとさせられた。なんでもない、とお茶を濁しながら、でもつい笑いが漏れてしまう。 ――そうそう、これだよ。 結にすっ転ばされた次の日。俺は寝坊して大遅刻をかました。つか、授業は一個も出れなかったんだからもう欠席だな。 いやもう、真面目にあんな寝坊やらかすなんて思ってもみなかったぜ。何でかと言えば、どうやったら結に承諾させられるかを考えてるうちに深夜になっていたというまるでアホな理由だ。 ま、そのおかげというか、『転ばされたせいで腰を痛めたから、そのお詫びとして引き受けろ』という半ば脅しのような要求の仕方を思いついたんだ。 …………ぶっちゃけ成功するとは思ってなかったけどな。 俺よりこんなに小さい結に転ばされたなんて誰も信じないし、一応目撃してたクラスメイトにさえ『安岡に何したんだ?』と非難の目を向けられたくらいだった。いや、それはともかく。 今の結の見上げてくる感じから、俺の脅しに怖々と頷いたあの時の結の様子を思い出しての笑いだったんだが、結はそう思わなかったらしい。 どうやら俺にからかわれたと取ったらしい結は。 「………………」 静かに拗ねているようだった。 「どうしたんだ?」 「……なんでもない」 「なんでもないのに、こんな膨れてるのか?」 言いつつ、気づかれないように結の顔に指を近づけ……。 「っ!」 しっかりガードされてしまった。ちっ。 結にカットモデルを頼んで一ヶ月ちょい。その間俺は髪のケアばかりしていて、カット自体はそれほどしていない。せいぜい毛先を整えるくらいだ。それだけで ボサボサだった髪はかなりマシなったが。 だけどその間、スキンシップは欠かさずにしてきたわけで。 そのおかげかクラスで唯一俺だけが結に懐かれている。(実際こうやって名前で呼ぶことを嫌がられてないし) 何より最近気づいたことだけど、いつの間にか結が俺に話しかけるときにどもることが無くなったんだ。 他のクラスメイト相手だとまだまだ怯えた感じを残している結がこうやって俺だけを信頼してくれるのは、誰にも懐かない動物が自分にだけ心を開いたようで優越感のような、どこか気分の良いものを感じている。 「やっぱり……」 「ん? どした、なんかあったか?」 不意に呟かれた聞き逃してしまいそうな声に質問をすると、結は「なんでもない」と首を振って言葉を引っ込めてしまう。 「そっか」 正直もどかしいと思わないわけではない。結以外の奴だったら言いたいことくらいちゃんと言えと怒鳴りつけてるかもしれん。 ……だけど気になってるからな。 『いやだっ!!!』 初めて結の髪を触った日の、あの悲痛なまでの叫び。 『やめて、放してっ!』 普通前髪を上げられただけで、人はあそこまで取り乱したり、怖がったりはしない。そう、以前に滅多なことがない限り。 何があった、なんて訊くことはしない。せっかく笑えるようになってる奴の傷を自分の好奇心でえぐるような最低な真似だけはやっちゃいけない。 ……ま、なんのかんの言って、結局は結が嫌がるようなことができないだけだけどな。 だからアレ以来、髪を触るとき勝手に前髪をいじることはしないし、触るときもちゃんと前置きをしてからにしてる。 「…………けどなぁ」 また結の素顔を見たいというのもこれまた本音だ。 ほんの短い間しか見れなかったけど、前髪に隠された結の顔は……めちゃくちゃ可愛かった。いやもう本当に自分の語彙の少なさを痛感するほどに。 そこらのアイドルとかがイモに見えるほどに、結の顔立ちは中性的で綺麗で……見ているうちに吸い寄せられるような錯覚すら受けて実は相当やばかった。あの時、叫ばれてセーフだと思うくらいには。 ――あの顔のせいか…? 顔を見られただけで結が恐慌状態に陥ってしまったのは……。 結が元男であることはどこかから聞こえてきた噂で知っていたが、中学のころに女体化したということはつい最近本人から聞いた。 もしかしたら結がこんなふうになってしまったのはそのころに何か…………。 そこまで考えて、今まで考えていたことを散らすように俺は頭を振る。 友達の過去を勝手に詮索するような真似をして、それでいったい何になるって言うんだ。 「おじゃまします」 「はい、いらっしゃい」 そうしていつものようにきちんと礼儀正しい結に答えて、俺たちはいっしょに部屋に入った。 だけどやっぱりもう一度くらいは顔を見てみたいなんて思いながら。 『放っておいて触れないで(2)』へ
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もしもし、キョン? 何よ、こんな夜中に電話なんかかけてきて? 寝てたらどう責任とるつもりだったわけ? 『起きてたからいいだろ』とかそんな問題じゃないでしょっ!? ——えっ……オメデトって、ちょ、ちょっと待ちなさい! なんで知ってんのよ、あたしの誕生日! 『聞いた』? 誰によ? へぇー、谷口? あいつ……後でシメるわ。 ——ちょっと、何笑ってんの! 『そんな事言いながら、声が笑ってるぜ』? バババ、バカキョン! 笑ってないわ、全然嬉しくなんかないわよ! なんで誕生日をいの一番にあんたから祝われなきゃいけないのよ? 嬉しいわけ、……ないでしょ。 『そういう事にしといてやる』じゃないわよ、あんた生意気よ! 団長に対する心構えがなってないわ! ……もう、いいわ。今日一日かけてじっくり団長たるあたしへの接し方を教えてあげる。 九時に駅前集合よ! 遅れたら、罰金刑と私刑の両方に処すわよ、いい? じゃね。 ……キョンと誕生日にデート、誕生日にデート、誕生日にデート……う゛ードキドキするぅ。 眠れないよぉ。 もしもし、——なんだ、またあんたなの? いい加減にしないと、怒るわよ。 はぁ……。何よ、その反省の色ゼロな声は。 ——で、何の用よ。このあたしの睡眠時間を削るぐらいなんだから、ものスゴい用事でしょうねっ? 違ったら承知しないわよっ! ……。 ……。 ねえ、さっさと言いなさいよ。……何、深呼吸なんかしちゃって。 え? は? ちょ、ちょ、ちょっと待ちなさい。どういう意——。 『忘れろ』って? あ、コラ! 切るなぁ! 聞き間違いじゃ、ないわよね……? 『好きだ』って言ったわよね? どーしよ……。嬉しいけど……、んー……何て言うのかし——ひゃうっ! もしもしもし、なななな何、はい、あたしは涼宮ハルヒです、どちら様です、か……ってキョンなの? あぁ、びっく——ううん、なんでもないわ。忘れなさい。 ……うん、その事なんだけどね、いいわよ。どうせ谷口辺りから聞いてるでしょ? あたしは告白されても断んないの。……振るのは早いけどね。 明日? 早速ね。別に、いいけど。『八時』? 分かったわ。 精々あたしを楽しませなさいよっ! いいわねっ!? じゃあね。 ふふ、明日はポニーテールにしよっ、と! ふぁ、ねむ……。 ——ぐぅ。 もしもし、——そ、あたしよ。——何、その寒い反応は。あたしから電話しちゃいけないわけ? ——じゃあ、問題ないじゃないの。——何よ、眠そうな声しちゃって。 まさかバテバテなのかしら? 情けないわねぇ。あたしはまだまだ余裕よ! 明日も同じコース回っても問題ないわね。 ——『学校があるだろ』? バカキョン。例えに決まってんじゃない。 もしどうしてもってんなら……その、いいけど……。 ——『遠慮しとく』ぅ? この、バカ、マヌケ、ドンガメ! あたしは楽しかったのよ! 悪い? 楽しかったんだからもう一回って思っちゃダメなのっ?! あんたと一日歩き回ってただけでこんな風に思うなんてどーしちゃったのかしら、あたしはっ! ——そーよ、“せーしんびょー”よ。文句ある? ないでしょ? ……。 ……何よ、何なのよ。何で黙っちゃうのよ。 ——『満月』がどうかしたの? 『綺麗だな』って、……まさかあんた外にいんの? ——『見てみろよ』? ……まあ、見てあげてもいいけど。へぇ、『外で見たほうが綺麗』なんだ。 ……風邪ひいたら責任とりなさいよ。治るまで泊まり込みで看病しなさいよ。 ——え、電話? 切らないわよ。あんた、切ったら即私刑だからね。 ——ふう、寒いわね。……あ、本当だ。あんたに風流を解する精神があったとは驚きだけどね。 ——ひあぅっ! 誰っ!? ……え? キョンなの? はぁ、驚かさないで、突然後ろから抱くのは反則よ。 ……で、何しにきたのかしらこんな寒い夜に携帯片手にあたしん家まで。 ……。 ——お、お、お、『お休みのキス』って……うわぁ、恥ずかしい奴……。 ……でも、ありがと。 ——ちゅ ……。 ……。 ……出ないわねぇ。折角あたしがかけてやってるんだから一回目で出なさいよ、バカキョン……。 あーあ、お風呂でも入ろうっと。 〜二時間後〜 ……うー、すっかり長風呂しちゃったわ。水でも飲も。……あれ、親父帰ってたの? おかえり。 ——あ、丁度いいわ。それもらうね。……『飲むな』? いいじゃない、水くらい。 ——ってあれ、これ、おさけ? 先言ってよ、イッキ飲みしちゃったじゃない。まあ、いいや。おやすみぃ。 ……『酔って』なんかないってばぁ。大丈夫よぅ。あ、でも少しフラフラするかも。 うん? 大丈夫、大丈夫、階段から落ちたりなんかしないから。……キョンでもないんだしね。 ふぅ、疲れたわぁ。親父も先に言ってくれればいいのに。あたし一生の不覚よ。 あ、そうだ。携帯はっと……着信、十件? キョンに、キョンに、キョン……。 ちょっとかけすぎよあのバカ! ……でもしょうがないわねぇ。 可哀想だし、あたしからかけてあげよぅっと。 ——あ、もひもし、キョン? そーよ、あたしよー。……んー? あ、さっきまでぇ? お風呂よ、お風呂。 ——うん、うん、そうなのよ。……え、やーねー『酔って』にゃんかないわよ! ——ってさっき親父にも同じこと言われたわぁ。 ——そ、一言一句ちがわなかったわよ。『お前、酔ってるだろ』って。 ……たかだか、お酒一杯で酔うわけなーいじゃない。 ——『やっぱり酔ってる』? しつこいわね、あたしが大丈夫って言ったら何もかも、おっひぇなのひょ! そうしょう、『そーゆーこと』にしとき、……はふぅ、なさい。 ——ふわぁ、うーん? ……なんか、眠くなっちゃった。 ……そう、そう。……うん、お休み、また明日ね。 ——あ、後ね、だぁい好きよ、きょー……ぐぅ。 ——もしもし、キョン? ……何よ、『今日は酔ってないだろうな』ぁ? ……あたしは飲んだくれか、バカキョン! 開口一番に言うセリフじゃないわよ! ——というより、あんたは神聖にして絶対たる団長様に対してどんなイメージを抱いているのかしら? ……言ってみなさいよ。ええ、きっと怒らないから。 ——しつこいわね、さっさと言いなさいっ! いつまで念押し続ける気なのよ! ——ふーん、『短気、自己中心的、ヒネクレ者』。何、まだ続くの? ……それより、そんな風に思ってたのに告白するって、あんた被虐趣味ある? ——『巻き込まれ型人生』なんて、あるわけないじゃない。それは主体性の欠如に他ならないわよ。 ——え、『本番はここから』? ——『可愛い、スタイルがいい、頭が良い、行動力溢れている、ポニーテールにすると魅力度36パーセントアップ』 ——何よ、魅力度って。……『胸のトキメキ具合』ぃ? ちょっと気持ち悪いわ。 ——でも、でもね。さ、参考までに訊きたいんだけど、……36パーセントアップって、どれくらいなの? ——『上限を軽くオーバーするくらい』ってどういう意味よ? ……。 ……うわぁ、よくそんな歯の浮くようなセリフが言えるわね。 ——え、あたしがあんたをどう思ってるか? 決まってるじゃない! 一度しか言わないわよ! ——愛してる。 ……。 ……。 ——あーあー、眠い眠い。寝ることにするわ。んじゃね! ——プツン ……勢いで言っちゃったけど恥ずかしいぃよぅ。うー、心臓がぁ……心臓がぁ……。 ——もしもーし。……ふふ、……ん、近頃電話に出るまでの間が短くなったじゃないって思ってね。 ——まあ、『毎日同じくらいにかけて』て気付かなかったからあんたの頭を疑うけどね。 ……そーよ、あんたは十分前科あり、なんだから。鈍感過ぎんのよ。 ——『お互い様』ぁ? どの口が言うのかしら、キョン? ……まったく、減らない口ね。少しは妹ちゃんの素直さを見習いなさいよ。 ……まーた、あー言えばこー言うのね。 ——このあたしが一日付きっきりで素直になれるように指導してあげるわよ。 ……何でそこで有希の名前を出すのかしら? 有希の方が『素直だから』? ……あんたは一度周りから自分がどう想われてるか確認……はしなくていいわ、やっぱり。 ——くしゅん! うう、寒っ! ……ん? 散歩よ、散歩。星空ウォーク。 ……こないだあんたに言われて外出てからはまっちゃってね。案外綺麗なのよ。 ——でもまだ寒いのよね。上着着ててもクシャミでちゃう。 ……心配してくれてるの? ふーん、『言えば付き合って』くれるんだ。 ——じゃあ、早速明日付き合ってね。……『急いては事を仕損じる』ぅ? ……バカね、あたしは思い立ったが吉日がモットーよ。 ——と言うわけだから今から来なさい。……ふふふ、そんな慌てないで、冗談よ。 ——そ、明日よ。あんたん家の方に行くから。……いいじゃない、たまにはシャミや妹ちゃんにも会いたいの! ——それと、女の子が一人夜道は危ないから泊まることにするからね! 『考え直』さないわよ。 ——じゃあね。明日、楽しみにしてるから。 あぁぁっ! キョンの家に泊まるなんて言っちゃったけど、 ……正直早まったかも。ヤバイわ、どーしよー……。 ……悩んでもしょうがないわ! もう、なるようになれ! 襲いたきゃ襲っちゃえっ! ……って、言ってて恥ずかしいのよ、バカハルヒ……。うぅ……。 ……。うぅ、夜中に出歩くんじゃなかったわ。頭が痛い……。風邪のバカ! ……いたたた。だいぶ頭に響くわ。おとなしく寝てよ。 ……そういえば、今日はみんな部活どうしたんだろ。あたしが居なくてもちゃんとやったかしら。 そうなら良いんだけど、でもそれはそれとして誰一人としてお見舞いに来ないってどういう訳なの? 団長の一大事だってのに。少なくとも電話くらいかけてくれてもいいじゃない……。 あーあ、みんな冷たいわ……。極寒よ、南極なんて目じゃないわね。 ……ふぅ、おやす——っ! ——もしもしっ!! ……ああ、やっぱりあんただったの。……うん、大丈夫よ。 ——え? 『息が荒い』? 気のせいよ、気のせい。 ——さっきまでは世の無情にしみじみと浸ってたんだけどね。 ……『体調』? うん、まあまあね。明日からはまた学校に行けると思うわ、いいえ、行ってみせるわっ! ——たかだか風邪ごときがあたしを阻めるわけないのよ! ——なんでそこで苦笑いしか出てこないのよ、あんたももっと喜びなさい。 ……まさか。『無理』なんかしてないわ。風邪なんて一日寝てりゃ治るのよ。覚えときなさい。 ……偉そうな物言いね。泣きながら感謝するくらいのものなのよ、あたしの至言は。 ——ちなみにまだまだあるわよ、聞く? ……遠慮しないでいいじゃない。こんな『風邪がぶり返す』わけないわ、大丈夫よ。 ——そうそう、その態度よ。じゃあ、行くわよ。 ……。 ——大好き! ……。 ——あ、ヤバイわ、顔が熱い。熱が上がって来ちゃったみたい。じゃあね、おやすみ。 ……いいよね、もう一日くらい休んでも。 それで、明日は、……お見舞いに、来て……よね……キョ——……。すぅ。 ……うー、うるさいわよ。……誰なの、病人の耳元で騒ぐバカは? ……っ! ちょっと、何であんたがいんのよ! 『お見舞い』? 誰がそんな事を頼んだのかしら? ——まあ、どうしてもって言うならまだいても良いけど。 何よ、『もう帰る』っての。……『時間』がどうだっていうのよ。 ……じ『十一時』ぃっ?! 嬉しく……は、あるけど限度があんでしょ? ——信じらんない。……ちょっとここで待ってなさい。……ああ、それと。 ——あたしが帰ってきたときにあんたが1ナノメートルでも動いてたら死刑だからね。 ——『罪状』? そんなのどうでも良いわよ。まあ、強いて言うなら「あたしの部屋を荒らした」罪ね。 裁判官かつ検察官あたし、被告あんた、弁護人はなし、……って裁判をしたくなけりゃ動くんじゃないわよ。 ——お母さん! 一体何時まであいつをここに置いとくつもりなのよ。もう夜じゃないのっ! ——『帰さないで』? そんな事頼んでないわよ! ……え。嘘……。ホント? ホントにホント? あちゃー……。 ——何か頭が痛くなってきたわ。ちょっと水飲むね。……あ、親父、今日も早いのね。おかえり。 ——『飲むか』って。病人にお酒をすすめる神経が理解できないわ……。 ……『酔った勢いでやっちまえ』? ……ねえ、親父、それ完全にセクハラ。 お母さん。このタコ入道どうにかしてー。 ——『用事』? あ、そう、そうなのよっ! もう遅いから、あいつに布団用意してあげてよ。 ……そ、そんなわけないでしょっ! もぅ、酔っ払いは嫌いよ、バカ親父っ。ともかくよろしく。 ——ふう。どうやら動いてないわね。……よろしい。 ……ところでさ、あたし良く覚えてないんだけど、あんたを引き留めたって本当? ——……なんか、腕をガッチリ掴んで「今夜は帰さない」って言ったとか、言わないとか。 ……あ、やっぱりやっちゃったんだ。 ——こうなりゃヤケよ。今夜は……寝かせないんだから。 『とか言ってお前が寝てりゃ世話ねえよ。……やれやれ』 ——もしもし、……うん、あたし。……ふふ、そうね、もう癖みたいな物ね。 ——『理由』? あんたの声聞いてるといい具合に眠くなるのよ。夢見も……いいしね。 ——そうよ『子守唄』みたいなもんよ。……いいじゃない、あたしの役にたってるんだし。 ……ところでさ、一つ訊いていい? あんた今日の市内探索ずっとアクビしてたけど、昨日は眠れなかったの? ——『一睡もしてない』? ……まさか、あたしが寝てるのをいいことに、……何よ、そのバカを相手にするような口調は。 ——『朝起きたとき』は、なんか枕が何時もより固かったなー、って思ったけど。 ——ひひひ『膝枕』ぁっ?! バカ、変態! ……そういうのはあたしからやるもんでしょ、……普通。 ……ともかく、あたしを起こしちゃ悪いと思ってその姿勢でまる一晩過ごしたわけね。 ——あ、じゃあさ、手をしきりにさすってたのは? ……ふむ、あたしの『髪をずっと撫でてた』、と。それで筋肉痛になったのね。 ——実はあんた頭髪萌? 『柔らかくて、触り心地がいい』から『つい夢中で』、ねえ……。 ——あたしの権限であんたを第二級の変態に認定するわ。 ——そうよ、文句ある? ちなみに『第一級の変態』の基準は……やっぱり言わないでおくわ。 ——と言う訳だから、あんたが間違いを起こさないようにあたしがキッチリ指導してあげる。 ……。 ……そこでその発想がでてくるあんたに脱帽だわ。鈍感を軽く超越してるわよ。あんたの心は大理石かっ?! ——『健康な男子高校生にそんな事を匂わせるな』? ……よーく分かったわ。あんた準一級の変態に格上げね。 ——ねえ、キョン。今、物凄く眠い? ……『そう』よね、声がいつも以上にマヌケっぽいしね。 ——そ、こ、で! ……あ、何その「あちゃー」って感じの声は。……『何を言うか分かった』のね。 ——ふふふん。嬉しいでしょ? あたしがわざわざ膝枕しにあんたの家に行ってあげるんだから。 ——『風邪ひかないうちに帰れ』? それは無理な相談ね。今いるのはあんたの家の玄関前なの。 ——さあ、さっさと扉を開けなさい! ……ちょっと肌寒いから五秒以内ね。 ……あ、でもあんたの顔を今すぐ見たいからやっぱり三秒以内ね。 お邪魔しまーす。えへへぇ……。 ——もしもーし、そうそう、あたしよ。……え? 『ゲームしないか』? ……ふふふ、このあたしを相手にいい度胸ね。 ——いいわ、乗ってあげる。後悔しても知らないわよ。 あたしは何においても全力投球、白旗なんて掲げても勘弁してあげないから! ——で、ルールは? ……『先に電話をかけたほうの負け』なのね。分かったわ。……じゃあ、一旦切るわよ。 ……何してんのよ、早く切りなさいよ。……もう、しょうがないわね。『いっせーの、せーで』! ……。 ——もうっ! 切りなさいってば! あんた、やる気あんのっ?! ……『指がボタンを押してくれない』ぃ? あんたって奴は……。 ——いいっ? 今度こそ切りなさいね、せーのっ! ……。 ……キョンのバカ。こうなったら、絶対あたしからは掛けないからっ! 断固としてっ! ……。 ……あ。バカハルヒっ! 自律しなさいっ! しっかり、ファイトッ! ……はぁ。 ……あ゛ぁぁぁ、時計の進みが遅いっ! もう五時間は経ったわよ! なのに……それなのに一分も進んでないわ! きっと狂ってるのよ。 ……ええと、時報は1、1、7、っと。……一分も経ってないわ。 ……。きっと時報が狂ってるのよ……。うん。別の事を考えないと……。 そうだ、いっそのこと携帯を壊すとか良いかも! それで今度はキョンと同じ機——。 ……って逆、効、果、よっ! ……うぅ、別の事、キョンとは無縁の事……。あ。 そうだわ、勉強よ! 馬鹿なあいつとはまさに水と油! これなら大丈夫っ! ……。 ……で、……今度の試験の予想問題なんて作ってどうすんのよっ! しかも、「キョン用(はぁと)」とかっ! ……本当に恋愛感情なんて精神病の一種だわ。悲しい、本っ当ーに悲しいわ。 ……大嫌いよ、キョンなんて。……バカ、キョンのバカぁ……。 ……——! もしもしっ!? ……ふふーん、どうやらあたしの勝ちみたいね。それじゃあ、罰ゲームよ。 ——『そんなこと聞いてない』ぃ? 知らないわよ、そんなの。 ——いいっ? よーっく、ききなさいよ。 ——今晩は電話、……切っちゃ駄目よ。……切ったら、私刑だからね。 ——『それじゃ、罰ゲームにならない』? ……いいのよ、あたしへのご褒美になるから。 ……ねえ、キョン。やっぱり、大好き……。 ――もしもーし、……もう誰からの電話か、確認すらしないのね。……ちょっと寂しいかも……。 ——! ……うん、そうよ、あたしっ! ……ふふ、あんたって変な奴ね。 ——やーね、誉めてんのよ、ちゃーんと。……『そんな気はしない』の? ——じゃあ、……あんたって優しい、わよね。 ……。……二度目はないから。ちゃんと脳裏に焼き付けといたでしょうね? ——よろしい。……所でさぁ、一つ知りたいんだけど。 ——うん、別に『大した事』じゃないのよ。本っ当ーにちょっとした事なんだけどね。 ……あんた、昨日電話切ったでしょ。……『何の事かなぁ』? ……いい根性ね。 ——バレバレの嘘つくんじゃないのっ!……刑を重くするわよ。 ——そうねぇ、手始めに明日の昼休みね。……『奢り』? ……勿論それもあるわ。 ——でもそれだけじゃないのよ。 その後で屋上に登って、あたしが満足するまで叫んでもらうからね。 ……『何を?』って分かってるでしょ? ……『謝罪の言葉か?』 ——あんた、やっぱり死刑にしようかしら? ……屋上から紐なしバンジー行ってみる? ——そんなんじゃなくて、「ハルヒ、好きだぁっ!」って叫ぶのよ! ——声が枯れるまでね。『小さかったら』、……そうねぇ、放送室を乗っ取って全校に流してもらうわ。 ——え? ……これが『刑罰じゃない』って言うの? じゃあ、やっぱり紐な——。 ……『遠慮しとく』のね。 ——あ、それと、放課後なんだけど、……ちょっと付き合ってもらうわ。 ——え? あのね、携帯を、かえようと思って。 ……ほら、あるじゃない。特定の番号に電話かけ放題ってのが。 ——バーカ。あんた以外にいるわけないでしょ。 ……それでね、どうせだから、……同じのにしよ? ……うん、じゃあね。また明日。 キョンとお揃い、キョンとお揃い、キョンとお揃い。……えへへ。 ――もしもし、あたし。……へ? ……あ、ごめん。間違えちゃった。 ――本当はキョンにかけたつもりだったのよ。ごめんね、古泉君、お休みっ! いけない、いけない。ちょっとぼんやりしてたみたいね。……あれ、電話だ? ――もしもし? あ、みくるちゃん、どうしたのよ? ……へぇー、そんなお店が、ねぇ……。 ――『鶴屋さんが教えてくれ』たんだ。……うん、ありがと。今度行ってみるわ。 ――あ、でさぁ今度のコスプレ衣装なんだけど……。 ~一時間後~ ――あ、もうこんな時間ね。……うん、また明日ね。お休み! ……中々面白そうなお店ね。今度キョンと行ってみようかしら。……そうだっ! あいつに電話しなきゃ! ……。出ないわね。 ……。……あ、もしもし。……ねえ、もしかして寝てた? 『違う』の? ――なんかテンション低いから寝惚けてるのかな、って。 ……別に『忘れてた』訳じゃないわよ。みくるちゃんから電話かかってきて話してたの。 ――なんかあんたいじけてない? ……『余計なお世話』じゃないわよ。 ――あ、ちょっと『切る』な! ……。もしもし。……ちょっと、話くらいしてもいいでしょ? ――『眠い』の? ……うん、あたしもよ。……でも、あんたとこんな雰囲気のままじゃ、寝れないわ。 ――『泣いて』ないわよっ! バカ! ――別にあんたが謝らなくてもいいわ。……あ、そうだ。一つだけ言うこと聞いてあげる……。 ――へ? 『弁当』? ……うん、分かったわ。それでいいのね。……まかせなさい! ――じゃあね! お休み! お弁当……。キョンに弁当……何が良いかな。 唐揚げ? 煮物? お箸で『あーん』とかっ!? 眠れないわ! ――もしもーし。……うん、そうよ。……『今日は早い』? んー、ちょっと寝不足でね。 ――でも、あんたと話したいし。……いいじゃない。『他愛もない世間話くらいしか』することなくても。 ――こう言うのは何を話すか、より、誰と話すか、が大事なのよ。 ――……そ、あたしにとってはあんたよ、残念ながら。……あんたは? ――ねえ、話反らそうとしてるでしょ? そうは問屋とあたしが卸さないわ。 ――社会の基本はギブ・アンド・テイクよ。 ……あ、因みにあんたとあたしに限ってはギブ・ギブ・ギブ・アンド・テイクだから。 ――……ともかく、あたしが言ったんだからあんたも言わなきゃ駄目よ。 ――……えへへ。……『気持ち悪いな』? だって、改まって言われると嬉しいじゃない。 ――何よ? ……『三回に一回は返してくれるんだろ』って、……ああ、さっきのは例え。三回も言わなくて良いわ。 ――『何時から』? んー、あたしは、あんたと初めて会話が成立した時からよ。 ――『どの位か』って言うとね……、これはとっておきだからあんたから言いなさい。 ――『海より深く――』って、どこの将軍の奥さんよ? ――……あたし? あたしはね。 ……。 ――言わなきゃ、いけない? ……そうよね、『当たり前』よね。 ――……あたしは、……あたしはっ! ……う゛ー……。 ――ちょ、ちょっと待ってね……。 ――え? 『何時まで』か、って言うと、えーと、あんたが、その、……十八になるまで。 ……。 ――……何か言いなさいよ。心拍数が、……やばいのよ。今知り合いに顔見られたら死ねるわ……。 ――! じゃあ……、その時はあんたにいの一番で電話かけるわ。 ――んーと、アトランティス大陸に! ――『任せろ』? 期待、しちゃうわよ? ……じゃあね、お休み。 ……一年かぁ。……長いなぁ。……はふぅ。……ふぅ。……すぅ――。 ――もしもし、キョン? ……あら、随分と鼻声ね。風邪? ……そうなの。 ――無理しないで寝てなさい。……うん、なんなら今すぐ切るわ。 ――あんたが『構わな』くてもあたしが、構うの! ――……電話でもいいけど、面と向かって話したいじゃない。だから、……明日病欠したら私刑よ? ――まあ、そこまで言うなら、布団にもぐってあたしの話でも聞いてなさいよ。 ――あ、寝ちゃってもいいわよ。独り言みたいなものだから。 ――一年の時にさ、夢を見たのよ。詳細は省くけど、馬鹿みたいな夢よ。 ――あたしは学校にいて、おまけみたいにあんたもいて、何か変な巨人もいたの。 ――ともかくね、色々あってクライマックスに、夢の中のあんたが戯言と一緒にキスしたの。 ――……あろうことかこのあたしによ。もう一度夢の中で会ったらはっ倒してやるわ! ――でね、そこで目が覚めちゃったの。最悪じゃない? 一番盛り上がるシーンで幕が下りちゃったのよ。 ……。 ――……ねえ、あんたは消えないわよね? これは誰かが見てる夢じゃないわよね? ――時々不安になるのよ。こんな幸せなのは、夢だからじゃないかって。 ……。 ――キョン、聞いてる? それとも……寝たのかしら? ……。 ――でも、いつか、……またいつかもう一度聞いてね。あたしのこの不安を。 ――それで、その時は笑い飛ばしてくれたらいいな……。 ――ずっと側に居るって約束してくれたらいいな……。 ――おやすみ、キョン。また、明日ね。 ――もしもし。……あれ、妹ちゃん? どうしたの? ――『ハサミ』借りに、ね。 ああ、そうそう、キョンは? ……『お風呂入ってる』の。ふーん。 ――……? あ、バカキョン。人が妹ちゃんと話してるのに……。可哀想じゃないの! ――『電話に勝手に出る方が悪い』のは、そうだけど何も無理矢理奪わなくてもいいじゃない。 ――まあ、良いわ。所でさ、あんたは一人っ子の方が良いって思ったことある? ――へぇ。意外ね。『ない』んだ。……ん? 何と無くよ。あたしの勝手なイメージ。 ――あたし? あたしは、そうねぇ……上が欲しかったかな。 ――そうよ、妹が「宇宙人はいるの」って主張したら、「俺の知り合いの何とかは宇宙から来たんだ」って言うような、 ――ちょっと、何よ? 何か変な事言った、あたしは? 笑い過ぎよ! ――ともかく、そんなノリの良くてちょっと歳の離れた兄貴が良いわね。 ――はい? 『子供』ぉっ? ……えと、それって、誰が誰の子供を産む設定? ――あ、『そんな細かいとこ』は考えてないの……。 ――でも、やっぱり二人は欲しいわね。男の子と女の子が一人づつ。 ――別に『五つ子』じゃなくてもいいわよ。だってそれは「不思議」っていうより「珍しい」だもの。 ――元気に育っていつまでも夢を見ることを忘れないでいて欲しいわね。 ――そうよ、いいじゃない。家庭は幸せが一番よ。 ――あとねぇ、旦那には唯一絶対の条件があるの。 ――聞きたい? でも、教えてあげないわ。だって……。 ――ううん、何でもない。忘れて。それじゃ、おやすみ! ……言えるわけないじゃない。キョンじゃなきゃ嫌だ、何て。 はうぅ……。キョンにベタボレなあたし……。顔が熱いよぅ……。 ……すぅ。……すぅ。……んん? ――ふぁい、もひもーひ、あたしでふ。ハルヒぃ。……うんん、キョン? …… ――っ! ……一旦切るわ! 十秒後にかけなおすからっ! ……ああ、もう! あたしのバカ! ……と言うか睡魔のバカ、バカ、どバカ! 恥ずかしいぃ! くぅぅぅ……。何が「もひもーひ」よ! 「あたしでふ」よ! うぅ……。 ――……もしもし。……そうね、確かに『寝惚けてた』わ。春だしね。 ――団長命令よ。今すぐ、記憶から消し去りなさい! その話題一回に付き罰金だからね。 ――『具体的』には、あんたの財布の中身が空になるまで奢りよ。『元から空』だったら私刑よ。 ――それはその時のお楽し……じゃなくて、その時のあたしの気分しだいよ。 ――だいたい春がいけないのよ! まるで睡眠を推奨するような温かさなんだもん。 ――あーあ……。……え、『可愛かった』? ……。そそそ、そう? ……へへ。 ――って、おだてても判決は覆らないわよ! ……あ、でもさあ、その……も、もう一回。 ――……。ふふふ。ふぁ……。でもやっぱり眠いわ。 ――うん、おやすみ。またね! ……っ! ……もう、キョンのバカ! 寝る前に『かわいい』なんて言われたら、 興奮して寝付けないじゃない。 ……でもかわいいって言われたぁ……。たまにはあのキャラでも良いかなぁ。 ……ん、電話だわ。 ――もしもーし、あたしよ。 ――んふふふふ……ねえ、キョン? 昨日の今日だし、その話題一回に付き罰金って覚えてんでしょ? ――……選ばせてあげるわ、明日罰金がいいかしら、それとも今すぐ私刑? ――そう、『罰金』ね、分かったわ。明日から二週間昼休みは学食について来なさい。 ――いいじゃない、連休が間に挟まってるからたったの七日間よ。 ……。 ――ん、ちょっとね。……去年の今頃だったかしら。 ――あんたがあたしに話しかけて来たのが。……そうよね? 一年って早いわね。 ――夜って時々鬱にならない? 一年がこんなに早いなら、一生もあっと言う間じゃないかな、って。 ――死んだらどうなるんだろ、とか。悲しんでくれる人はいるかな、とか。 ――ごめん、ちょっと重いわね。……え? ……うん、ありがと。 ――別の話しましょ。……そうねえ、今度のみくるちゃんのコスプレどうしましょうか。 ――……ふむふむ、分かったわ。じゃ、それにはしないわね。 ――え、当たり前じゃない。あんたはただでさえみくるちゃんをジロジロ見てるんだもん。 ――その変わりあたしが着てあげるから。何ならポニーテールのオマケ付きでっ! ――え、だったら別のがいいの? ふーん……。……というか『ポニーテールなら』何でもいいんだ。 ――節操ない奴ね。……あら、『違う』の? ……うわ、信じらんない。良くそんな恥ずかしいセリフを……。 ――あんた今日もあたしを寝かせないつもりでしょ? ……まあいいわ、時間も時間だし、また明日。お休み! あのバカ。あたしならどんな格好でもいい、とか……ポニーテールなら更に良し、とか……。 うぅ……夜更かし決定よ、バカキョーン……責任取れぇ……。 んー、明日はぁ……。で、次は、……っと。 ……。 ふむ、こんなもんかしらね。……あ、キョンからだわ。 ——もしもーし、そうそう、あたしよ。……『今』? 明日から休みだし、ちょっと予定を考えてたの。 ——そうよ、当然じゃない。暇な日なんて一日もないわよ! あんたは希望ある? ——明日は『街に行く』のね。……あんたにしては良い選択じゃない。 ——じゃあ、昼ごはんも向こうで食べて、……え? 当然あんたのオゴリよ。 ——何よ、そんな盛大にため息ついて。大丈夫よ、そんな高くないとこにするから。 ——それで明後日は、……そうねえ、映画館でも行こうかしら。 ——あたしが何か変な事言った? 言ってないわよね? ——それで、土曜日は不思議探索に空けといて、……はい? ——一つ訊くけど、あんた、今まで何について話してたと思ってたのよ。 ——ふーん、へぇー。『SOS団のゴールデンウィーク中の活動予定について』ね。……ガッカリだわ。 ——せっかくデートのつもりで話してたのにぃ。あーあ、いいわよ、いいわよ。 ——あんたは鈍い奴だって忘れてたあたしが悪いのよ。はぁ……。 ——何よ、日曜日ぃ? ……予定考えてたけど、言う気なくしたちゃっわよ……。 ……。 ——『新しくできたテーマパーク』? それがどうしたのよ。 ——えっ……?! うぅーん……、そ、そうね、あんたがどうしてもって言うなら……。 ——うん、ともかく明日は遅れないようにね。じゃね。 ……良かったぁ、これでこの休みは毎日キョンに会える……。 楽しみだなぁ……。 ふふぅ、今日は楽しかったなぁ……。 買い物も結構したし、明日はどれ着ていってやろうかしら。これなんか良いかなあ。 ……うーん、にしても髪って伸びるの遅いわね。短めでも良いけどさ。 ——もしもーし、キョン? 突然だけどあんたは長いのと短いのどっちが好き? ——え、『何の事』って、髪の長さに決まってんじゃない。 ——ふむ、『長め』ね。参考に……してあげなくもなくもない気がしないわ。 ——バーカ、こんなのはノリで感じりゃいいのよ。 ——『嫌いな気がしないような日が今まで一度もないと言ったら嘘に……』って、長いわよ、アホキョン。 ——そういう事はビシッと一発で簡潔に決めないと。 ——そう、それでよし。……何よ、不満? ——あんたの背筋がむず痒くなるような台詞を時々聞かされてれば『好き』の一つや二つどーって事ないわよ! ……。 ——……一体どこにそんなクサいセリフをしまってるのよ。 ——信じらんないわ。……『殺し文句はハルヒ専用』ぅ? あんた、一度精神科に行きなさい。 ——あと、一つ訊くけど、お酒飲んでるでしょ? 間違いなく。だってあんたおかしいもの。 ——へぇ、『田舎のじいさま』が傘寿なの。 ……。 ——……はい、歯の浮くセリフ二発目。あんた酔うと手に負えないわね。 ——うん、もう何も言わないわ。今日はしっかり寝なさい。明日遅刻したら私刑ののち死刑よ! ——じゃあね! 悪酔いしてるキョンがちょっとカッコいいじゃない……。 でも酔うと殺し文句が出てくるのはまずいわね。 あたし以外の女の子の前では永久禁酒を誓わせないと……むぅ。 ……。 ……出ないわ。また風呂でも入ってんのかしら、しょうがない奴ね。 留守電入れとこ。……「キョン、これ聞いたら十秒以内にかけ直しなさい、いい、分かったわね!」 ……ふう、こんなもんね。さーてと、何しよう……。 ……。 うーん、どれもしっくり来ないわ。近頃夜はずっとキョンと電話してたからかしらね。 あーあ、暇よ、暇! 早くかけて来なさいよ……。 ……。 ……ぶぅー、遅ーい。最悪だわ、明日は私刑ね。ふふふ、どうしてやろうかしら。 ……あ、でもあんまりキツイのにすると明後日に支障がでるわ。……うーん、悩み所ね。 まあ、あいつの第一声で決める事にしましょ。……だから早くしなさいよぉ……。 ——! やっと来たわね。……もしもし、遅かったじゃない。 ——『電池が切れてた』ぁ? あんた、明日は覚悟しなさい。 ——『なぜ』かって言うと丁度今、私刑のフルコースが確定したからよ。 ——「奢り」から始まりあれやこれやを経て最後は「とっておき」が待ってるからね、逃げるんじゃないわよ? ——ふーん、『頭が痛い』のね、風邪かしら? でも休んじゃ駄目よ。 ——明日休んだら明後日は二倍後悔するわよ。……『明後日休んだら』、一生後悔してもらうわ。 ——さて、明日も早いしもう切るわよ。 ——……でも、明日、明後日と二日休んで、一生かけて償って貰っても良いけどね。 ——『冗談か本気か』って言ったら、どっちだと思う? ——ふふ。あたしは……結構本気、よ。 ——うん……じゃね! もしかしてあたしはバカ? ちょっとマズイかも……。でも、キョンとなら……良い、のかな? あ、親父おかえりー。……えー? 『何』って弁当の下拵えよ。 ……うん、まあ、『デート』みたいなもんね。……そうそう、そのキョンよ。 まあ、何だかノラリクラリしてるし、間抜けだし、みくるちゃん見て鼻の下伸ばしてるけど、 それでもその、……あれなのよ、うん。……『惚れた理由』が分かんないって言われても困るわよ。 ……ちょっ、バ……、エロ親父っ! 信じらんない! もう、あっち行ってよ! ……あー、腹立つ。何でそういう事を年頃の娘に訊けるのよ。もう……。 よし、終わり! 後は明日の朝ね。……さ、電話しよ、へへへぇ……。 ——もしもーし、元気? もちろん、あたしはバリバリよ! ……そこ、『死語』とか言わないの。 ——……そうそう、明日は八時に駅前集合よ。遅れたら罰金で、昼ごはん抜きよ。 ——折角のあたし謹製手作り弁当だから、食いそびれたら後悔することうけあいなんだから! ——そうよ、泣いて喜びながら食べなさいよ。……ところで、献立の希望はある? ……。 ——ふむ。……あたしの作った物なら『何でも良い』の……。 ——あんた、夜になると嫌味なくらいにクサい奴になるわね。 ——うわ、『男の性』って……あんたも親父と同類かぁ。 ——あ、因みに空気を読まずに……その、あれやこれやをしようとしたら死刑よ。私刑じゃなくてね。 ——……もうっ! 変態! バカキョン! ——……今日はさっさと寝なさい。あたしももう寝るから。 ——じゃあね! ……バカ! セクハラよ、セクハラ! あぁぁぁ、あのバカぁっ! ……。 ふぅ……。寝よ。 ただいまぁ。……何よ、親父。先に警告しとくけど、セクハラ発言一回につき一度殴るわよ。 『なら言うことがなくなる』って……もうっ! うるさい、言われなくてもお風呂入って寝るわよっ! エロ親父ぃ……、母さんもあんなののどこに惚れたのかしら。 ふぁぁ……、でも今日は疲れたぁ。お風呂入る前にちょっとだけ寝よー、っと。 ……すぅ、……ぴい。 んんっ……あっ! もうこんな時間だわ……。でもまあ、いいや。電話、電話っと。 ……。 ——もしもーし、……もしかして寝てた? そうなら一応謝っとくわ、ごめんね。 ——あ、そうなの? 奇遇ね。あたしも帰ってからすぐ寝ちゃって今起きたとこなのよ。 ——ふふふ、一種のテレパシーかもね。……って、うわ、つまらない反応。 ——もっとノリなさいよ、SOS団員としても、あたしの彼氏としても。 ——はい、もう一回! ……一種のテレパシーかもね。 ——……『恋のなせる業だろ』って、……実は言ってるあんたも恥ずかしいでしょ? ——へ、『平気』なのっ? どんだけ図太い神経してんのよっ? ——あたしにだけは『言われたくない』ですってぇっ?! ——……でもちょっと興味あるのよね。あんた、どれくらいのクサい台詞から身悶えすんの? ——へぇー、そう。分かったわ、言ってあげる。……『何で』って、遣られっぱなしで引っ込めるわけないでしょ? ——い、行くわよ! 「貴方の事を想うあまり今夜も一睡できません」、これでどうよっ? ——ちょ、ちょっと……、なな、何で笑ってんのよぉっ! 騙したの? 騙したんでしょ!? ——最悪最悪最悪ぅっ! あたしの一人損じゃないのっ! ——バカっ! 明日は覚悟しなさいよっ! 死刑よ死刑っ! じゃあねっ! キョンのくせに……キョンのくせにぃっ! ……確かに眠れないのは事実なんだけどさぁ……。……ふぅ。 げ……電池切れてる。どうしよう? ……ま、子機でも使えばいいか。 親父ぃー、お母さーん、ちょっと電話使うよー、っと。これでよし。キョンの番号はぁ……。 ——もしもーし、……うん、そうそう。携帯の電池が切れちゃってんの。 ——『おっちょこちょい』って言うなっ! すぐに切れる方が悪いのよ。 ——メーカー各社は電池の容量を増やす事に今以上に力を入れるべきね。 ——んー? 『誰か使うんじゃないか』って? ——多分大丈夫だと思うわ。夜に電話かけるなんて非常識極まりないじゃない。 ——あ、でもあたしたちは例外。……あたしが決めたからそれで良いのよ! ——……だって寂しいじゃないの。それにもう習慣になってるし、今更やめられないわ。 ——何よ、あたしが『非常識極まりない』って言うのがそんなに『似合わない』の? ——……一理あるけど、言い過ぎじゃない? ……ふん。 ——あれ? ちょっと待ってね。……何だか親父が呼んでるの。 何ー、親父? ……え、今あたしが使ってんだけど。……『誰』ってキョンよ。 あと少し待ってよ、そしたら切るから。……ダメって言われても……。 ……ふーん、キョンと話しさせてあげたら待ってくれるの? ——あ、ねえ、ちょっと親父が話したいんだって。代わるね。 ……はい、手早くすませてよ。三分以内ね。あと変なこと口走らないようにね。 ……。 『ガサツ』……、『ワガママ』……、『暴力的』……、『貰い手』……、『よろしく』ぅ……? ……! おぉやぁじぃっ?! 何の話題なのっ? 代われっ! 今すぐに代われぇっ! ……笑ってないで、早くっ! ——はあ、はあっ……。もしもしっ! 何言われたか知れないけど今すぐ忘れなさいっ! ——じゃねっ! ……こんのバカ親父っ! 待てぇっ! ——もしもし、あたし。……『元気ないな』? うん、そうね、ちょっと疲れてるの。 ——さっきまでバカ親父と話してたんだけど、それが中々大変なのよ。 ——『そうでもない』って……確かにあんたは昨日親父と喋ったかもしれないけど……。 ——んー、多分それ以上。何より話題が際どいのよ、うちの親父は。 ——どう贔屓目に見ても年頃の娘との会話じゃないわ。 ——『楽しくて良い』って言うならあんたも同類ね。……これじゃお母さんの事言えないわ。 ——あ、こっちの話よ。あんたは全く気にしないでいいわ。 ——『仲が良い』ように思えるならあんたはちょっと考え方を変えなさい。 ——当たり前じゃない! 誰が誰と『仲のいい親娘』なのっ? ……ちょっと待ってね。 何か用? 今電話中だから後にしてよ、親父。……って、その沈んだオーラは何? ……『娘に嫌われた』と思うんなら接し方を変える事ね。じゃ、キョン待たせてるし。 ——あ、ごめんね。あたしの発言聞いて親父がへこんでるだけだったわ。 ——『父親になるなら』家の親父みたいのが『いい』? あたし、……もう何も言わないわ。 ——……あ。 ……。 ——ねえ、キョン。電話越しに、不意打ちで、そういう系統のセリフは止めて。 ——軽く心臓が止まりそうになっちゃうわ。……お互い顔をあわせてないから、場の空気が分かり辛いのよ。 ——うん、そのかわり面と向かってならいくらでもいいわ。 ——ふふ。……ん、じゃね。 はぁ、『でもそれ以上にハルヒが隣にいればいい 』……って、ププププロポー、ズかな? ……うぅっ、熱い、顔が熱いわ。でも嬉しいな……えへへ。 あれ、電話だ。誰からかしら? ……あれ、非通知だ。やぁね。 ——もしもし、どなたですか? ……は? ……え、『メリーさん』? ——間違いじゃありませんか? ……。 って、切れた……。一体誰よ? ……でもどっかで聞いた事があるのよね、あの声。多分男ね。 誰かしら、キョン? うーん、違うわ……。古泉くん……でもないわよね、きっと。 まさか、谷口? ……論外ね。……まただ。 ——もしもしっ? また『メリーさん』? ねえ、さっきから誰なの?事と次第によっては怒るわよ? ——ちょっと、『家の前』って、え? 嘘でしょ? ——ホントに? ……あ、コラっ! 答えなさ……。 切れちゃった……。でも絶対聞いたことあるのよ。 むむぅ、キョンの友達の、国木田? ……違うわね。 ……まさか、ホントにあたしが知らない人なのかしら。……ちょっと、怖いじゃない。 ——もしもし。……か、『階段』? ……止めて、カウントしないでっ!? うぅ……階段の段数があってたんだけど……。ま、まさかね。 でも、さっきから何か軋む音が……、でも、お母さんも何も言わないし……。 ヤバイ、寒気がするわ。 ひぃっ! き、来た……。 ——も、もしも〜し。……あたしの『部屋の前』……にいるの? って、ちょっと待ちなさい。あの声は……。うん、きっと間違いないわ。 あたしとしたことが、何でもっと早く気付かなかったのかしら? 「あいつ」の番号は……。 ——もしもーし、バカ親父? 今、どこにいる? もしかして、もしかすると、あたしの部屋の前じゃない? ——……んふふ、『ご名答』、ねぇ? そこ、動くんじゃないわよ。今からそっち行くから。 ……こ、ん、の、ぶぁくぁ親父ぃぃっ! 娘からかって楽しいのっ!? 『涙目』なわけないでしょっ! ええぃ、ともかく、待てぇっ! ——もしもーし、……そうそう、あたし。……んー、まあね。 ——ちょっとさっきまで変態に絡まれてたのよ。……ああ、大丈夫よ。 ——返り討ちにして、粗大ゴミ置き場においといたから。 ——でも、嬉しいな。心配してくれて。……『当たり前だろ』ってまあ、そうだけど……。 ——それでも、あんたに気にかけて貰えるんだし。……たまになら良いかしら。 ——ああ、こっちの話よ。所でさ、近頃暑いわよね、無駄に。……うん。 ——でさ、去年の第一回市内パトロールがあった二日後のこと覚えてる? ——あ、酷っ! あまりの暑さにへばってるあたしが「扇いで♪」って、頼んだのに、あんた華麗に無視したじゃない。 ——そうそれよ。……確かにほんの少しぐらいあたし『フィルター』通してるけどね。 ——『少しじゃなく』ても、大筋は同じよ。……『何が言いたいか』? 決まってるじゃない。 ——大分勘が鋭くなったじゃないの、そうよ。……ふーん、『頼み方にもよる』の? ——……へぇ、随分と注文をつけるのね。まあやってあげるわ。 ——いっその事明日はカンカン照りが良いわね。そうね、今から照る照る坊主を作りなさい。 ——ノルマは一人百個ね。……『無理』も何もないのよ、やるったらやるのっ! ——だーって、暑くもないのに扇がれても面白くないじゃない。 ——と言うわけで切るわよ。今から作るから。じゃね! 明日期待してるわよ。 あいつも中々マニアックな注文するわね。 『首を可愛く傾げながら「扇いで♪」って、言ったら云々』とか。 ……暑いわね。ねえ、キョン。扇いで♪ まあ、こんな感じかなぁ……。それとももっと可愛くかな? うーん……。 ——もしもーし、あたしよー。……『調子』? うーん、まあまあね。 ——今日も親父の奴がうるさくてねぇ……ってそれはどうでもいいのよ。 ——うん? いや、そろそろ中間だけどあんた大丈夫かなって思って。 ——そうよ。あんた進学はしたいんでしょ? じゃあ、まず進級しなきゃいけないじゃない。 ——それに団員がダブるのも団長として気分が悪いしね、あたしが教えてあげるわ。 ——ふふ、遠慮しなくていいわよ。……それに、あたしのためでもあるんだし。 ——あ、今ならコースは三種類よ! ——「一夜漬けつきっきりコース」に、「お手軽三日間コース」に、「一週間コース」! ——どれも朝から夜まであたしがみっちり教えたげる。……へ? ああ、そんなの泊まりがけに決まってんじゃない。 ——そんな盛大なため息つかないの、……んで、どれが良い? ……。 ——そんなの無いわよー、だ。……う、う、う、うるさいわね! あんたがバカな事言うからいけないの! ——夜になると恥ずかしいセリフ吐くようになるのやめて、……せめてどっちかに統一しなさい。 ——あ、それは却下。一日中そんなセリフ言われ続けたら何か頭にわいちゃうからね。 ——……話戻すけど、ホントに赤点とったら死刑よ、死刑! ——もし万が一、留年でもしたら、産まれて来た事を後悔させたげるわ! ——え、『何で』って……。ねぇ? ……あたしにも色々あんのよ。 ——やぁよ、教えなぁい。察しなさいよ、自分で。 ——考えればすぐ分かるわよ。……まあ、ともかく明日から一週間みっちりやるわよ! ——ふふん、聞こえないわよー、だ。じゃねっ! 明日から一週間、一週間♪ ……へへへぇ……、張り切っちゃおっ! ……っだあ! 違ーうっ! これ間違えるの何回目かしら? さっきも言ったでしょ、これは運動方程式使うの! ……ああ、これもダメ! ……んもう、この公式も暗記リストに追加よ。 ふう、一旦休憩。……でも、思ったより壊滅的よ。……うん、知ってたハズなんだけどね。 ……いいかしら、キョン。『頭の出来が違う』なんてね、言ってもしょうがないの。 というか、余程の天才と救いようのない大馬鹿を除けばあとは努力と工夫次第よ、テストなんて。 あたしがあんたでそれを証明してあげるわ! ……ってそんな疑わしい目で見ないの。 まあ、いきなりトップに立てとは言わないわ。 でも、大学受験の時までにはあたしと同じレベル位までには引き上げたげるから。 ……え、『理由』? ……ねぇ? ……。 ……あ、あ、あんたの後ろはあたしの特等席なのっ! これでいいでしょ! ……ふん。 さ、十分休んだから、続き行くわよ……、って思ったけどやっぱやめぇ。 だって十二時回ってるもん。寝惚け頭じゃ入る物も入らないしね。 せっかく布団も用意してもらったし、「ここで」寝ようかしら。 なーに慌ててんのよ。……ふーん、『間違いが起きる』、ねえ。……ケダモノ。 なーんて、冗談よ、じょーだん。……あんたのベッドで寝るから。 ……。 ……『は』じゃないわよ。 だってそうすれば万一あんたが不穏な行動に出てもすぐ分かるし。 さあさあ、さっさと半分スペース開けなさい。大丈夫よ、大丈夫。 ……だってあんたにそんな甲斐性あったらもっと早く……。 ううん、なんでもなーい。じゃ、お休み。 ……ちょっと狭い。あ、でも暖かい。……ぐぅ。 ……よし、じゃあ今日はここまで! 昨日に比べたらまあまあな進歩ね。 と言うかあんた、普段から手を抜いてるだけとか……? 『ちがう』の? ……まあ、どっちでも良いけどね。 さあ、寝ようかしら。……何よ。『昨日みたいのはお断り』? 何で? ……ふんふん。 まあ、要するに持て余して眠れなかったのね。エロキョン。 ……あたしは昨日は良く眠れたんだけどな。何て言うのかしら、安心とか、そんな感じだったわ。 ……。 ふふふふふ……。そう。んー、別にぃ。ふふ。 実はあたしに良い考えがあるのよ! その名も! ……ちょっと、少しはノリなさいよ、つまんないでしょー。……そうそう。 では改めて。 その名も、コアラ作戦! まあ、これは口で言うよりやった方が早いわね。……ほら、布団に入りなさい。 へへぇ、……よいしょっ、と。 んー? 何慌ててんのよ。『昨日と変わらない』? そうでもないわ。 だって、まだ続きがあるの。ほら、こうやって、……。 昨日より近いし。暖かいし。 何か幸せぇ……。 おやすみなさい、キョン。 『……抱きつかれたら昨日より持て余すっての。やれやれ』 ただいまぁ、……って、うわ、ななな何よ! ちょ、離れなさい、馬鹿親父! んもう、たかだか数日キョンの家に泊まっただけじゃない、大袈裟よ。 ……それよりみっともないからその鼻水と涙をどうにかして。 〜盛大に鼻をかんでいます〜 ……だぁかぁら。勉強教えてただけだって。……『夜の』じゃないわよ。いっぺん死んでみる? ……『痛くなかったか』って、ナニガ イイタイノ カシラ? 人の話はまともに聞きなさいよ! ……あちゃー、ダメだ。お母さーん、助平親父が壊れたー! ……いつものことだけど。 ふう……。全く親父も心配性なんだから。あのバカキョンにはそんな度胸ないわよ、悲しいことにね。 まあ、それはそれとして。 ——もしもーし、勉強はかどってる? ……そ、ならいいわ。 ——それにしても眠そうね。そんなんで大丈夫なの? ——へ? あたしに『心当たり』は全くないわよ。……ため息つかないの。話してみなさいよ。 ——ふぅん、そうなんだ、へぇー。……ド変態。 ——『健康な男子高校生として当然の反応』ねえ……。じゃあ、一つ聞くわよ。 ——もしあたしじゃなくて有希やみくるちゃんだったらどうなった? ——あら、そう……。見境なし。ケダモノ! エロキョン!! バカっ! ——って……見境があれば良いってものじゃないわよ! うるさいっ! 笑うな、笑うなぁっ! ——ふふふ……。あんた、明日は覚悟しなさいよ。あたし法典による私刑のオンパレードよ。 ——……って、うわ! エロキョンっ! バカ、おやすみ! ……。『でも最後まで行くなら……』って、『最後まで行くなら』って! ……思わず切ったけど。あのバカバカバカバカバカ! 絶っ対夜になると人格変わってるわよ、悪い方にっ! ……。 はふぅ、寝よ。……まあ、眠れないけどね。はぁー……。 くしゅんっ! ……うぅ、風邪かしら。ちょっと頭痛いし、鼻詰まってるし。んん……。 ——はひ、もしもし。……んー、まーそうみたい。完璧に風邪ね。 ——ああ、いいわよ別に。切らなくても。そんなに酷くないし。寝てれば治るわ。 ——……ん、まあ、そこまで言われちゃうと、……しょうがないわね。 ——じゃあ、またね。 ふう、心配してくれたのは嬉しいけど、何か嫌ね……。 ……寝るに寝れないしねぇ。暇だぁ……。 羊が一匹、羊が二匹、三四がなくて、もう一匹、っと。……眠れるわけないじゃない。 あれ? 電話だ。 ——もしもし。……ってうわ、親父なの? 何よ。『欲しいもの』? んー、特にないけど。 ——何よ、その気味の悪い悪代官笑いは。……『楽しみにしてろ』って、何のこ——? 切れたわ。……もう、要件だけの電話なんて味気ないじゃない。 ……。 あ、親父帰ってきたみたいね。……色々うるさそうだから、寝ようかしら。 娘バカだしね。風邪なんてひいたら、大騒ぎするに決まってるわ。 ……なにー? 今からあたしは寝るとこなんだけど。 ……って、嘘っ!? 何で? キョン、何であんたがあたしの家にいんの? ……親父に『拉致られた』? 『任意同行だ』? ……親父、それほとんど変わんない。 あたしはむしろキョンに同情するわ。 ああ、目に浮かぶわね。突然家に乗り込んだ親父がキョンを拉致ってく様子が。 ……『平和的に引き渡されたの』? むしろ『喜んで見送られた』んだ。 ……でも、二人ともアリガト。……うん。 ねえ、キョン。一つお願いしていい? あ、別に無理難題じゃないわよ。 ……うん、そうそれ。……えへへ。キョンの手、温かい。 ……くぅ。 ——もしもーしっ! ……あたしは元気も元気よ! 風邪も治ったしね。 ——そういうあんたは暗いわね? まあ、どうせテストでしょ。 ——どこができなかったの? ……ふーん、そう。 ——あたしが教えた所以外で落とすんならしょうがないわ。 ——でも、あたしが教えたヤツ間違えてたら私刑よ。何がいいかしら……。 ——あ、ところでキョン。明日暇? ……そうそう、明日よ、明日。 ——んー、ちょっと付き合って欲しいことがあんの。 ——そんなすごい用事じゃないわ。ちょっとした買い物よ。 ——まあ、あたし一人で出来ない物でもないんだけどね。あんたがいるとスムーズに行くのよ。 ——ほら、そろそろ夏だし? で、夏と言えば海で、海と言えばね……分かった? ——その通り! ……やっぱりあんたの気に入るようなの買いたいじゃない。 ——んで、明日暇? 暇よね。そうに違いないわっ! ——えぇっ? 『用事があるの』? 最悪ぅ……。 ——キャンセル出来ないの? ……そう、なんだ。……うん、じゃね。また学校で。 あーあ、ついてない。……何よ親父。その広げた手は。 だから何なのよ! その意味深な笑いはっ! うっ……ま、まあ、親父の言う事だから、半分位は信じたげるわ。 ……。 あ、キョンから電話だ。……って、笑うな! 出てけっ! ……なぁにが『惚れた弱味』よ、バカ親父。アリガト。 ——もしもし。どうしたの? ……ふーん、突然取り止めになったの。 ——じゃあ、明日付き合いなさい。九時に駅前ね! じゃあ、明日! よーし、明日に備えて今日は寝るわ。……ふふふ、へへぇ。 ――もしもーし、寝てた? ……んー、何と無くよ。理由はないわ。 ――ああ、蚊ね、蚊……。うるさいわよね、あれ。耳元で飛ばれるともっすごいイライラすんのよ。 ――? 古泉くんがどうかした? ……変なの。ま、今に始まった事じゃないけど。 ――そういや近頃暑いわよね。あんたのところ冷房は使い始めた? ……『まだ』? ――ふうん、家と同じね。あたしの親父の信念なのよ、『クーラーは夏休み入ってから』ってね。 ――『暑い』けどまあ、慣れちゃったし。多少は人間気力でなんとかなるもんよ。 ――なーに笑ってんの。……ねえ、あたしらしいってどの辺りが? ――『多少の事は精神論でねじふせる』あたりね……。 ――あたしはどこの熱血スポ根漫画の監督よ。……ん? あんたのイメージ? ――そうねぇ……。間抜け面、優柔不断、鈍くゎ……。えへん、鈍感、の三点ね。 ……。 ……。 ――わ、笑いたきゃ笑えば良いでしょ! ――誰にだってミスはあるわ! ……う、うるさいわよ、バカキョン! ――か、かか『可愛い』って言うなぁっ! あたしは恥ずかしいのよっ! ――もう切るわよっ! じゃねっ、アホキョン! 明日覚悟しなさい! ……ふぅ。 ……。 ――もしもーし、おはよっ! 元気? ――何よそれ。わざわざあたしがモーニングコールしてあげたんだから、もっと喜びなさい。 ――『突然どうした』ってまあ、色々とあってね。いいじゃない、理由なんてどうでも。 ――『もう少し寝てたい』とか、たるんだこと言わない! あたしなんかは常に不思議に対して警戒体制よ。 ――……もっとも近頃はあんたのその不意打ちの恥ずかしい台詞に対して警戒気味なんだけど。 ――ねえ、前から気になってたんだけど、あんた電話に出ると人格変わる? ――そんな事は『ない』の? ふーん……。まあ、いっか。 ――あ、でさぁ、本題なんだけど。今日の放課後ちょっと付き合って欲しいのよ。 ――んー、買い物。……『学校で言えば良い』のは認めるけど……。 …… ――……あ、朝からあんたと話したかったのよ! 悪い? ――『悪くない』でしょ。って……! か、か、か、かわ……っ! ――うるさい! ともかく放課後ついてきなさいよ! じゃね、後で会いましょ! 『カワイイ』……、可愛いって言われたぁ……。嬉しいなぁ。えへへへ……。 ……。可愛い……。 ……って、あ゛ー! もうこんな時間! ちょっと幸せ気分に浸り過ぎたじゃない! キョンのバカ! あたしが遅刻したら理由をつけて私刑にしてやるうっ! うーん……。暇ねえ。空から宇宙人を載せた隕石でも墜ちて来ないかしら。 ん、電話だ。この番号……誰? 見たことあるんだけど、……ま、誰でも良いか。 ――もしもし。……あら、あんただったの。どうしたの家からかけて来るとか、携帯ぶっ壊れた? ――へぇ、『行方不明』なの? ……うっかり者ね。 ――鳴らしてみれば? 案外すぐ見付かるかもしれないわ。 ――うん、じゃあ一旦切るわよ。 ……。 はれ? 何か鳴ってるわ。 ……あ。 そうだ。そういや今日の部活の時にあいつから携帯借りてたんだった。 それで確かポケットに入れっ放しだわ。あちゃー……。止まったわね。 ――もしもし、キョン? あのね、すっかり忘れてたけどあんたのあたしが持ってた。 ――うん、……うん。明日朝一で渡すわ。 ――え、そう言われると見たくなるじゃない。 ――な、何よ。冗談よ、冗談に決まってるじゃない。マジになりすぎ。 ――大体あたしはあんたのプライバシー侵害するほど落ちちゃいないわよ。 ――本当よ。……うん。じゃ、また明日ね。バイバーイ。 ……なーんてね。覚悟しなさいよ、キョン。といってもちょっと確認するだけ。 あいつがあたしをどんな風に登録してるのかだけ。 ……。 ……ああああいつ何、何考えてんのよ! かかか『可愛いハルヒ』とか! 人に見られたらどーする気ぃ? ……うん……寝よう。見てはいけないものを見た気分だわ。 ――うぅ、顔が熱い、熱いわ……ふみゅ。 ――……。 どうしたのかしら。あたしが電話してんのに出ないとか人間失格よ。 ちえ、暇だわー。何しようかしら。 ……あー、親父帰ってたの? 『元気ない』って? んー、乙女は大絶賛失恋中なのよ……って、冗談よ、冗談! なんで包丁が懐から出てくんの!? 親父実は人殺し? ストップ、ストーップ! 娘馬鹿にも程があるわ! 母さん、親父止めて……って何よその「あらあら、うふふ」的、「あたしは無関係よ」的な笑顔!? ……あ。キョンから電話来た。……こら、勝手に持ってくな、バカ親父! ……ホラーだわ。娘の携帯を左手に、包丁を右手に持ちながら娘の彼氏と話をする父親って。 ……。 親父、もういい? 携帯返して。それと危ないからそれもしまってよね。 ――もしもし、どうしたのよ。……お風呂? 前にもあったわね、同じようなの。 ――いっそ防水携帯にしなさいよ。あたしもそうするから。 ――『長風呂でのぼせて風邪引くのがオチ』って、ロマンの欠片もない奴ね。 ――そんなんだから何時までたっても「団員その一」から昇進しないのよ。 ――……ん、まあ、言われてみるとその肩書きは増えたわね。 ――……ちょっ! あんた何その血迷った台詞っ! ――うううるさい! 暑くなって頭に気障ムシでもわいてるんじゃないのっ? ――……ふん、じゃあねっ! 有り得ない、どんだけ頭が緩んででも「愛しのハルハル」だけは、有り得ないわ。 人前で言ったら私刑確定ね。……一対一なら――。うぅ……なんかくすぐったくなりそう。 ――もしもーし。……そうそう。 ――それにしても今日はすごい雨だったわね。お陰で市内探索も中止になっちゃうし。 ――うん、雨はあんまり好きじゃないわね。なんか鬱陶しいじゃない。 ――あ、でも学校からの帰り道は別よ。 ――……ご名答。あんたにしては鋭いわね。 ――そうよ、あんたの鈍さに何人泣いた事か分かりゃしないもん。 ――だーかーら、団長のあたしが責任と愛情をもってあんたを引き取るのよ。 ――うっ……。まあ、確かに告白はあんたからよね。 ――でも、あの時はびっくりしたわ。世界が逆さまになるくらいの衝撃ね。 ――……んー、そうね。じゃあ、明日は久しぶりにデートしましょ、デェト! ――何を今さらそんな単語でうろたえてるのよ。一夜を共にした仲じゃない。 ――え? 『誤解を招く言い方はやめろ』? 大丈夫よ、誰も聞いてないから。 ――ふふん。そうと決まれば、明日は朝の九時に駅前に集合ね。 ――遅かった方がばっき……え? あ、そう……。うんまあ、『男の役目』って言うなら止めはしないけど。 ――張り合いないわぁ……。ま、いっか。 ――うん、じゃあ、また明日ね。 ふう。……デートかぁ、キョンとデート……。ふふふ。久しぶりよね、つい前までテスト期間だったし。どこに行こう。 ……テーマパークとかでお化け屋敷に入って、柄にもなくキャーキャー言いながらキョンの腕にしがみ着いたりとか、 デパートとかで服買うのもいいかしら。ちょっと際どいのでも試着したり……? あるいは突然の雨を避ける為に入ったとこが【禁則事項】だったりして……うわぁ。 ……って、落ち着きなさい、あたし。余りの大胆で馬鹿げた妄想に自分で顔真っ赤だわ。 ……もう寝よう。 ――もしもし……うん、あたし。 ――でも、あれね。やっと夏ーって感じよね。 ――あ、そうそう。宿題は早めにやっちゃいなさいよ。 ――去年みたいに、夏休み最後にまとめて写す、なんて認めないからね? ――うっさいわね。大体なんでそんな断定されなきゃいけないのよ。 ――う……。じ、じゃあ、そうね。こうしましょ。 ――前半に一気に仕上げて後は一日も休まず遊び続けるの。良いでしょ? ――何よ、その反応は。不満? ――『会えない日があるから会えた日が輝く』なんて、何時の時代の台詞よ? ――いいかしら、キョン。あたしは一日たりとも無駄にする気はないのよ。 ――毎日がお祭騒ぎでこそ、人生でしょ! ――隠居なんて愚の骨頂よ? ……そ、分かればよろしい。 ――じゃあ、さっそく明日から始めましょ。泊りがけでやっちゃうわよ。 ――異論は認めないわ。……それはどういうつもりで言ってるのかしら? ――『親が旅行でいない』ってのはつまり「襲っちゃうぞ」宣言でいいのかしら? まあ、不潔。 ――……。何よ、笑いたきゃ笑えばいいでしょ。人間だから、そんな日もあるわよ。 ――その微妙に押し殺した笑いが余計ムカつくわ。 ――明日覚悟しなさいよ。絶対に出会い頭にドロップキック決めてやるわ。 ――……ふん、じゃあね。 キョンの親、明日からいないんだ……。あ、でも妹ちゃんは当然いるわよね。 ……って何考えてたのよ、あたし。……うう、頑張れあたしの理性。 明日からしばらく耐えてよね、お願いだから。まだ、一線を越える覚悟はないのよ、ホントに。 ……寝よう、明日は明日の風が吹くわ。――ぐぅ。 ——もしもし、あたしよ。 ——……なに、その寝ぼけた声は。 ——まさか、寝てたんじゃないでしょうね。 ——まあ、確かに近頃電話かけなかったわ。それはそうね。認めるわ。 ——……何よ、『偽者』ってずいぶんな言い種じゃない、キョン? ——さあ、今すぐ、あんたの、あたしに、対するイメージを洗いざらい吐きなさい。 ——……え? もちろん『正直に言わなかったら』、罰ゲームのフルコースよ? ——……。 ——……。ん。 ——……。……く。 ——ああ゛、あったま来た! ——いくら正直にって言っても言い過ぎなのよっ! このバカキョ——ん? ——……今の、もう一回。 ——……。 ——うん、じゃあ、お休み。 ……あーあ、何であんな単純な一言で許せちゃうのかしらね。 やっぱり恋愛なんて精神病だわ。 ……悪くは、ないけどね。 ふぁ。ねむ……。お休み、キョン。 ——もしもし、元気? ——はぁ……、いつも通り気の抜けた声ね。あんたらしいっちゃあんたらしいけど。 ——でもまあ、元気そうで安心したわ。……ん、別に何でもないわ! 聴こえなかったらそれでもいいのよ。 ——それで、いつ頃こっちに帰って来るわけ? ……明日なの、ふーん。 ——なっ、あんたにお土産なんて期待してないわよ、ガキじゃあるまいし……。 ——ともかく。これから巻き巻きで夏の予定をこなすからね、腹をくくっときなさいね! ——……何よ、その腑抜けた台詞は! 『従兄弟と散々遊んで疲れた』なんてあたしは認めないわ。 ——家族サービスしたら次は団員にサービスしなさい、良いわね! ——それじゃ、またね。……お休み! 明日かぁ、……明日帰って来るのね。駅前ではってようかしら? そうよ、一分一秒でも早くあ、……会いたいもの。 ……。 あー、恥ずかしい。寝よ。
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仕事終わって家に帰って玄関を開けたら 「ゆっ!」 って自分が帰宅したことに気づいたゆっくりが急いで玄関までやってきて 「ゆっくりしていってね!!」 なんて円満の笑みで言われてみたいです。 んで抱っこしてあげると、 「だっこ! ゆっくりだっこしていってね!!」 なんて言うからもう辛抱たまらん訳で。 ま、悲しい妄想なんです。 名前 コメント
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「……なあ、やっぱり止めないかキョン。ホントに痛いんだよ。色んな意味でだ」 「そう聞いちゃなおさらだ。観念しろ佐々木」 着替えが終わったよ、と俺が部屋に入ることを許しつつも、あいつはカーテンから顔だけを出していた。 佐々木よ、言っちゃなんだが白カーテンだから光でちょっと透けて見えてるぞ。 「え」 「まあ身体のラインくらいだが」 「うう……」 「まあ観念しろ。それにな、そもそも最初に話を飲んだ時点でお前の選択は既に終わっているんだ」 「……キミに言葉責めの趣味があったなんて知らなかったよ」 俺はいつもお前に言葉責めされている気がするがな。 「……笑わないでくれよ?」 「保障はしない」 「うう」 それでも姿を見せたのは、常に筋を通すあいつらしい頑固さの賜物か、或いはその頑固さを利用した俺の勝利か。 ピチピチに張った服を着た佐々木がカーテンから現れる。 中学時代の夏服を着込んだ佐々木が、恥ずかしそうにこちらを睨みつけていた。 「おお、ちゃんとまだ着れてるじゃないか」 「うう……どこがだい」 つんつるてんとはまさにこれだ。中学時代の制服を来た佐々木は、珍しくこちらをにらみつける。 だが顔が真っ赤じゃ迫力に欠けるぜ親友。 「しかし、意外に中学三年と高校三年じゃ体格が変わってるもんなんだな」 「そこは個人差があるだろうがね」 学生服なだけに、それなりに長いはずのスカートがこうしてみるとミニスカートみたいだ。 しかしお前ってあんまり変わってないイメージがあったんだが。 「くっくっく。言ったろ、僕だってそれなりに身体的数値は変動しているのだよ」 で、ふふん、とばかりに胸を張ったのがいけなかったのは言うまでも無い。 いつか雨に濡れたのと同じ制服の前が、今度は勢い良くボタンを弾け散らしてその下にある禁則事項が禁則事項したのは事故だ。事故なんだ! )終わり 「で、キョン。僕は責任を追及しても構わないのかな?」 「俺に出来る事なら何でも、とは言わんぞ」 「くく、言わないのか」 一体何を要求するつもりなんだ。 「そりゃ僕は意図せずキミに恥を晒してしまったわけだ。なら相応にキミにも、あー、そうだな、そうだ。……中学時代の制服でも着てもらおうかな?」 「男にそんなんやらせて楽しいのか?」 「僕は楽しい」 「そうかい」 「当たり前だろ? キミとの思い出が詰まった服装なのだからね」 )終わり
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紬『みんな…ごめんなさい…』 リーダ『………』 アターシャ『まぁ…仕方ないよね…』 紬『ユーリャは…?』 リーダ『部屋に閉じこ―」 アターシャ『家の用事だよ』 紬『…そう……』 アターシャ『ムギ、あまり気にしないこと。私らからユーリャに言っておくから…』 紬『うん……』 リーダ『大丈夫だって!』ニカッ 紬『ありがとう…みんな…』 紬『それじゃ…みんなまた…』 リーダ『TELやメールするよ!』 アターシャ『今度は私らから行こうかな…日本って面白そうだし』 リーダ『この前私に教えていたこと嘘だったの!?』 アターシャ『当ったり前じゃない!』(キリッ リーダ『酷~い!』 アターシャ『あはは!』 紬『ふふ…』クスクス リーダ『ムギ……』 紬『本当にありがとう…着いたら連絡するから…』 アターシャ『じゃあね』 リーダ『またね~!ムギ~!』 紬『………』 バタンッ ブロロロ…… リーダ『行っちゃったね……』 アターシャ『うん……』 リーダ『ユーリャ…落ち込んでいたのかな…?』 アターシャ『そりゃあ…あの子が一番なついていたからね…』 リーダ『………』 ブブ… アターシャ『ん…?もしもし…えっ?ユーリャがいなくなったぁ?』 リーダ『まじですかよ…ムギに連絡を…』 アターシャ『リーダ!止めて!』 リーダ『え…?』 アターシャ『ムギはもう…日本に行かなきゃならないの…邪魔しちゃだめ』 リーダ『でも…ムギに知らせないと…仲間がいなくなったのだから…』 アターシャ『仲間だからこそ伝えない必要だってあるの』 リーダ『………』 シェレメーチエヴォ国際空港 紬『………』 斎藤『お嬢様……』 紬『あら…ごめんなさいね…大丈夫よ…』ニコッ 斎藤『やはり…こちらのご友人方と…』 紬『大丈夫って言っているでしょっ!!』 斎藤『す…すいません……』 紬『あ…ごめんなさい…斎藤…』 タタタタ 『むぎゅー!!むぎゅー!!』 紬『え…?』 ガバッ ギュッ ユーリャ『むぎゅー!ユーリャ、むぎゅうと離れるの寂しい…寂しいよ……』 紬『ユーリャ……』 ユーリャ『またいなくなるの…嫌だ…嫌だよ…』ポロポロ 紬『ごめんなさい…ユーリャ…日本に私を待っている人達がいるの…私にとって大切な人なの…』 ユーリャ『ユーリャよりも大切…?グスッ』 紬『もう、そんなこと言わないの。ただ、私が行かないとその人達のやりたいことができなくなっちゃうの』 ユーリャ『やりたい…こと…?』 紬『ええ…とっても楽しいかけがえのないこと…』 ユーリャ『ユーリャ分かんない…』 紬『ユーリャがもう少し大きくなったら分かることよ…でもこれはユーリャにとっても大事なことなの…』 ユーリャ『そうなの…?』 紬『ええ♪』ニコッ ユーリャ『………』 ユーリャ『分かった…ユーリャ待つ…』 紬『ありがとう…ユーリャ…』 ユーリャ『そーだ…むぎゅーに渡したいものがあるの…』ガサゴソ 紬『?』 ユーリャ『はい!むぎゅーに!』 紬『これ…ユーリャのお母様の人形…そんな大切なもの…私にいいの…?』 ユーリャ『うん!むぎゅーも大切だから!大切なものを大切な人に預けたい!』 紬『……ふふ♪ありがとう。ユーリャ…』ナデナデ ユーリャ『えへへ~』 紬『それじゃ…ユーリャ、またね…』 ユーリャ『むぎゅー!絶対戻って来てねー!ユーリャ待ってるからー!』 紬『うん…絶対に…戻って来る…から……』ポロポロ ユーリャ『むぎゅー…がんばってねー!』 紬『グスッ…ええっ!』 斎藤『もうよろしいのですか?』 紬『ええ♪これで心おきなく日本に戻ることができそうだわ…』 斎藤『良かったです…ん?マトリョーシカですか…ユーリャ様みたいに可愛らしいですね』 紬『ユーリャみたいに、かぁ…ふふ♪』 斎藤『では行きましょうか…お嬢様…』 紬『…はい♪お願いします、斎藤』 中野家 梓「……///」 梓「今日は…良かった…フラグは見事粉砕したけど、なんか今日は良かった…///」 梓「あの子からは嫌われていなかっただけでも嬉しかった……///」 梓「それと唯先輩…胸先輩…あったかかったなぁ…///」 梓「あの感触…匂い…呼吸…考えただけでも興奮ものだよ…おっとティッシュ、ティッシュ…///」トントン ガチャッ ベーシスト「梓ぁー飯だぞぉー…」 梓「」 ベーシスト「お…おい…梓お前…鼻血か?鼻打ったのか?」 梓「ち、違うって!大丈夫だってっ!///」 ベーシスト「…なら良いが……」 梓「………」 ベーシスト「………」 梓「あ…あのさぁ…お父さん…///」 ベーシスト「ん…何だ…?」 梓「人生って恋だけじゃないんだよね?///」 ベーシスト「………フッ」 ベーシスト「あったぼーよっ!」ニッ ベーシスト「恋は重ねるほど良いんだぜっ!」 梓「片思いでも…?///」 ベーシスト「ははっ!そりゃそーだろっ!じゃなきゃ、俺と母さんみたいな関係になれないんだぜ?」フンス 梓「……///」 梓「それってつまり…お父さんは失恋経験が豊富ってことなんだ…」 ベーシスト「そうそう!失恋マスター…っておいっ!こう見えても俺はもてぇ、モテたんだぞっ!」 梓「あはは!噛んでいる時点で胡散臭ーい!」 ベーシスト「なんだとー!このー!」グリグリ 梓「あはは!きゃー!助けてー!」 ベーシスト「今日は手加減しないからなー!」グリグリ 梓「あはははは…!」 45
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前 人里の広場で。 今日も今日とてゆっくりちぇんの相手をする。 「わかる、わかるよー」 ちぇんも勝手がわかっているのか、俺の愛撫(性的な意味はない)に心地よい格好で応えていた。 と、そこに不吉な気配。 「……ぇぇぇん」 「何だ……?」 どこからともなく聞こえてくる重低音の響きは、まもなく音源を俺にさらした。 「げえっ、ゆっくりらんしゃまっ!」 俺は叫んだ。 だってそうだろう?あの忌むべき姿が涙を流しながら、尻尾をぶんぶんと回転させて、俺のいとしいちぇんに向かって一目散に突撃してくるのだから。 「ちぇんは渡さん!渡さんぞー!」 とっさに両腕でちぇんを抱きかかえる。 俺のちぇんに、あんな教育に悪いものを見せてたまるか。 「わ、わからないよー」 ちぇんが俺の腕の中でうめく。スマン。ちょっと抱きしめる力が強すぎたか。 いや、突如現れたゆっくりらんしゃまと、俺。どちらを優先すべきか迷っているらしい。 ものすごく不本意だ。 そういえば、と俺はちぇんを小脇に抱えたまま、ご都合主義空間からバズーカ砲のようなものを取り出した。 それは谷河童から大枚をはたいて買った弾幕マシーンで、俺はそれをらんしゃまに向けて撃つ。 キュー、キューカン、ババーァー マシンから放たれる無数の緑色ポロロッカ。 だが。 「ちぇええええええええん!」 ゆっくりらんしゃまは一向にひるまずこちらに向かってきている! それどころか、 「少女臭だって言ってるでしょぉぉ!」 ゆっくりゆかりんが突如スキマから身を乗り出してこちらに迫ってくるではないか! 「え、何で?!」 「わ、わからないよー」 おびえる一人と一匹(?)。 「こうなったら、豆符『アブリャーゲ』!」 適当に、目標に向けて腕を振り下ろす。もう自棄だ。 何故か放たれる肌色のスペルカード。人間、必死になればスペルカード程度はつかえるもんなんだね。 それは一直線にゆっくりらんしゃまの額に向かい、 ぱく。 「むーしゃ、むーしゃ。しあわせー」 食われた。 「ちぇええええええええええええん!!!」 「なにぃ! 効かないだとっ?」 「永遠のじゅうななさいって言ってるでしょぉぉぉ!!!」 ひい、二つのゆっくり生命体は必死の形相でこちらに向かってきている。 絶体絶命か、と思われたとき、 なんと、俺のちぇんが立ち上がったのだ! 足がないではないか、などと野暮な突っ込みは言ってはいけない。俺のちぇんは胸をはり、本物の橙様のようなかわいらしい気迫で、迫りくる二匹に向かっていったのだ。 「凛々しいちぇんも可愛いよ可愛いよちぇん……ハッ」 俺が一瞬の間恍惚のときを過ごしていた間に、ちぇんはらんしゃまに擦り寄られていた。 しかも、 「少女臭ぅぅぅ」 俺はゆっくりゆかりんにのしかかられていた。ゆかりんの放つなんともいえないにおいは、俺の筋力を硬直させるには十分であった。 「くっ、俺のことはかまうな!にげるんだちぇん!」 俺の言葉もむなしく、先ほどまでの気迫はどこへやら、ちぇんはらんしゃまにされるがままになってしまっている。 もうだめだ……と思われたそのとき、意外な救世主が現れた。 「こら~! らんしゃま、他人のちぇんに興奮しちゃだめなの~」 そういってこちらに駆けてくるのは、八雲の式の式、橙様だ。 どうも橙様はゆっくりらんしゃまの飼い主らしい。 橙様はゆっくりらんしゃまと、ついでにゆっくりゆかりんを引っぺがして持ち上げた。 「どうもありがとうございました、助かりました橙様」 「いえ。私こそ、うちのゆっくりらんしゃまとゆっくりゆかりんが迷惑かけちゃって、ごめんなさいです」 そういって俺にぺこりと挨拶する橙様はなんともかわいらしかった。さすがはゆっくりちぇんの本家本元のことはある。 それでは、俺のちぇんと一緒に帰ろうとしたとき、またもや呼び止められた。 「ゆっくりちぇんは、たまにゆっくりらんしゃまとあそばせたほうがいいですよぉ~」 大きなお世話だ。俺のちぇんは俺だけのものだ。ほかの誰にも嫁にはやらん! そういうことをオブラートに包んで橙様に伝えたら、クスリ、と笑われた。 「あなたは、まるで藍様を見てるみたいです」だって。 「そんなに愛されているなんて、あなたのゆっくりちぇんは幸せ者ですね」 「ありがとうございます」 「でもほかのゆっくり種とのコミュニケーションは大事ですよ?」 「そうですか」 「あっ、そうだ!こんど八雲のおうちにゆっくりちぇんをつれて来てもらえませんか?きっと藍様も喜びます」 八雲藍さまだと? ゆっくりちぇんのトップブリーダーのあの方に? それは光栄だ。俺とちぇんのさらなる家族愛を深められるいい機会かもしれない。 しかし…… 「少し考えさせてください」 連れ立って、家路にいぞぐ俺とちぇん。 「わかるよー」ちぇんは疲れてはいたようだが、上機嫌だ。 俺はというと、先ほどまでの会話を反芻していた。 俺はちぇんにたいして過保護すぎるのだろうか? 「ちぇんや」 なに?と振り返ったちぇんに向かって聞いてみた。 「ゆっくりのともだち、ほしいかい?」 ちぇんはすこし考えた後、 「わからないよー」とつぶやいた。 俺の周りを一周し、俺の頭にぴょんと飛び乗った。 そして、 「わかるよー」とだけいい、笑ったのだった。 そうか、お前は俺の気持ちをわかってくれたのか。お前は本当にいいゆっくりだな。 ならば、俺も決断を下さなければならない。 そうやって決まった八雲一家訪問。それには、また別のエピソードがあるのだが、今日語るのはこれくらいにしておこう。 ゆっくりちぇんを飼ってみた そのさん 完 ガチでちぇんと暮らしたいんだが。可愛すぎる。 -- 名無しさん (2009-03-28 03 11 21) 愛は弾幕を越えるのかー あとゆかりんが愉快すぎるw逆に可愛い -- 名無しさん (2009-05-18 21 23 25) お兄さん限界突破w -- 名無しさん (2009-05-18 22 05 53) 第1話やこの話みたいに「わ、わからないよー」とぷるぷるしてるちぇんを想像するといろいろたまりません。 ちぇんかわいいよちぇん…… -- 名無しさん (2009-05-19 14 48 42) 作者さんの話を読んで、ちぇんが好きになりました。可愛すぎる! -- 名無しさん (2010-04-06 18 40 14) 素晴らしい。 -- 名無しさん (2010-11-25 11 44 43) 可愛すぎるちぇん。 -- 名無しさん (2012-12-02 15 17 11) ちぇん可愛い -- ちゃんかわい?って思ったやつ、屋上な。 (2012-12-22 20 26 34) 少女臭ww -- 名無しさん (2014-07-19 22 33 14) 名前 コメント
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ここは試合会場の山岳地帯。 青と白の縦じまの服に、青い髪をした少年が一人いた。 (一体ここはどんなダンジョンなんだ……?) あてもなく辺りを歩き回っているのは、大商人トルネコの一人息子、ポポロである。 少年の無垢な蒼い瞳に映るのは、どの国でも見ることが出来そうな、茶色や黄土色、焦げ茶色、時として灰色。 様々な種類の岩が混ざった山岳地帯。 しかし、ポポロは警戒心を解かなかった。 風景こそはありふれているが、いつものダンジョンと同じ雰囲気が漂っていた。 彼とてただの12歳の少年ではない。 自分でダンジョンを攻略し、魔物を倒し、時には従え、やがて父トルネコさえも石にした巨悪、ヘルジャスティスを倒すことに成功した。 (パパはいるのだろうか……ひょっとしてママも?) 歩きながら、やはり頭たびたび浮かぶのは両親の顔。 参加させられているのか、そうでないのかも分からないが、もしいるのなら是が非でも会いたい。 父なら間違いなく良き協力者になれるし、母がいるのならまた自分の手で守りたい。 (ダンジョンで困ったときは、持ち物を確認しなさい。そうすればきっと、道は開けるよ。) バリナボ村で、自分が一人で父親のたどった道を歩きたいと言った時に、父がかけてくれた言葉。 父はかつて共に冒険した冒険した勇者や戦士のように、強い力は持っていなかった。 そんな父だが、道具に対する知識や眼力は、誰よりも優れていた。 父に言われたことを思い出し、支給された鞄を開ける。 最初に出てきたのは、保存の壺とは似ても似つかぬ丸い容器と、黒と黄色の缶に入った液体が出てきた。 (これが、食料かな?) いつの間にやら鞄に入っていた食料と飲料。 いつもダンジョンに入るとき、いつの間にか大きなパンが支給されていたポポロにとって、特に受け入れがたい事実ではなかった。 ただ、受け入れがたかったのは、それが食べ物であったということだ。 (こんな干からびたモンスターの脳みそみたいなのが本当に食べられるのか?) 乾麺というものを見たことのなかったポポロは、若干の嫌悪感を催した。 (それにこの缶のマーク、18歳以下は飲めないんじゃないのか? まあ腐ったパンだって食べても大したことはなかったけどさあ……) 巻物に書かれているダンジョン文字のような、複雑な字を読めないポポロには、カップ麺の作り方は分からなかった。 食べ物と飲み物は置いといて、ほかに何か入っていないか確かめる。 最初に出てきたのは、黒い色をした日本刀。 それを見て、ポポロはすぐに鞄に仕舞った。 ダンジョンでも父が装備できるような、剣や盾は装備できないポポロに、かつての持ち主に似合った汚らしい邪剣は無用の長物だった。 (せめて爪の一つでもあれば……何かゴソゴソ動いてる?) モフモフした手触りの何かが、鞄の底で動いていることに怪しく思ったポポロは、「何か」を思いっきり引っ張る。 「ワッホ〜ン♡」 「うわっ!!」 それは出るや否や突然ポポロの顔を舐め回した。 直線状にいたからという理由で仲間のモンスターに矢で射られた経験があったポポロでさえ、出合い頭に顔を舐められるのは予想していなかった。 「キ、キミ、モンスターなの?」 ポポロの問いかけにも答えず、デッサンが狂ったような、どこかロールパンにも似たようなデザインをした生き物は、彼の蒼髪をガジガジと噛んでいる。 (うーん。モンスターじゃないのかなあ……。) 仲間のモンスターに話しかければ、鳴き声であれ人の言葉であれ何か反応があった。 髪の毛をガジガジするモンスターなんて、混乱したモンスターや、バーサーカーでさえあり得ない。 「へえ……キミ、ポチって名前なんだ。誰かに飼われていたのかな?」 よくよくモンスターを観察すると、名前が書いてあった首輪が見つかった。 「ワン!ワン!ワン!」 突然ポポロの頭から飛び降り、地面を掘り始めた。 「え?今度はどうしたの?」 『ここ掘れワンワン』というばかりに、ポチは協力を求める。 「え?掘れってこと?」 そのまま一人と一匹で穴を掘り続けると、そこから何かが出てきた。 地面から出てきたそれは、大きな下着だった。 「え!?これって……。」 それは間違いなく、家で父がよく履いていたステテコだった。 彼の世界では、多くの成人男性が家で、時としては冒険中に履いていたことを、彼は良く知らない。 (よくわからないけど、パパのステテコがあることは、パパも参加させられているのかなあ……。) 「ワン!!ワンワン!!」 再びポチが大声を上げた。 「え!?今度は何があるの?」 また何か埋まっている宝があったと思いきや、それは違った。 「GOB!」 ポチが吠える先には、見た目の醜悪なゴブリンがいた。 ゴブリンはポポロと目が合うや否やジャンプし、そのまま攻撃を仕掛けた。 「危ない!!」 ポポロは上手く躱して、その攻撃をしのぐ。 彼がいた場所に、小さな穴が開いた。 彼も魔物うごめくダンジョンを何度も潜り抜けてきた経験がある。 戦闘経験だってないわけじゃない。 倒した魔物を使役して、より強い魔物を倒すことが出来る。 「よし、ポチ!あいつを倒そう!!『バッチリがんばれ』!!」 いつものように仲間に命令を下す。 「ワンワンワン!!」 「……………。」 しかし、ポチは明後日の方向、崖の下へ逃げていった。 「おい!そっちじゃないよ!!」 しかし、ゴブリンはポチと飼い主のコントを待つほど、我慢強い生き物ではない。 「GOB!!GOB!!」 今度は爪を立てて襲い掛かってくる。 避けきれず、愛用していた服にいくつかの裂け目が出来る。 既にポチの姿は見えなくなっていた。 「こうなったら、キミを倒して、仲間にするしかないか……。」 ポポロは戦いの覚悟を決めて、ゴブリンへ拳を向ける。 爪はないが、ポポロのパンチが怪物に刺さる。 (そこまで強いわけじゃないみたいだな……。) 今度は怒ったゴブリンが攻撃を仕掛ける。 しかし、動きは単純なため、躱すのは容易……そのはずだった。 (しまった……崖だ……!!) しかし、後ろに飛びのいた先で、地面が崩れた。 「うわあああ!!」 そのまま耐え切れず、崖の上から落ちる 敵から逃げた先で罠を踏み、予想外のピンチに至ったことはダンジョンでも経験したことだった。 まだ自分はダンジョンの経験が足りないなと思うが、苦汁をかみしめている場合ではない。 落ちても受け身をとれば多少のダメージで済みそうな高さだが、落ちた先は鋭利な岩で覆われていた。 「え!?」 しかし、ポポロの背中を、尖った岩ではなく、モフモフした何かが受け入れる。 「ワン!!」 先ほど崖の下へ逃げたポチが、ポポロを背中で受け止めたのだ。 そのままポチはダッシュで進み、平地に着いた所でポポロをポイッと投げ捨てた。 「痛っ!!でも助かったよ。ありがとう!!あんな所を走ってもケガしてないなんて、凄いんだね!」 「ワホ〜ン♡」 ポポロは知らないことだが、彼は背中は柔らかく、足は頑丈だ。 つまり、外はサクっと、中はフワっとしている。 恐竜が踏んでも一発でアウトなマグマやトゲの床も、彼にかかれば問題なしである。 ポチは自分が出てきた鞄を漁り、湯も入れていないカップ麺を器ごとバリバリ食べ始めた。 「え……!?もしかして、それが欲しかったの!?」 「ワンワン!!」 しかも消化は早いのか、食べ終わると瞬く間に立派な物を、岩陰に出した。 (やっぱり大丈夫かなあ……。) 飼い主の心配は、続く。 【ポポロ@トルネコの大冒険3】 [状態]:健康、服に裂け目、精神的疲労(小) [装備]:なし [道具]:基本支給品(カップ麺なし)、邪剣『夜』@BB先輩劇場シリーズ ステテコパンツ@ドラゴンクエストシリーズ ランダム支給品×0〜1 [思考・状況]基本行動方針:殺し合いには乗らず、脱出を目指す。 1:パパ(トルネコ)やママ(ネネ)は参加させられているのかな? 2:ポチ以外にも仲間を作りたい 3:このバカ犬と呼ぶべきなのか? [備考]:ヘルジャスティスを撃破後 ※原作で巻物が読めない・書けないように、難しい漢字やアルファベット、その他難解な造語などは読めません。 【支給品紹介】 【ポチ@ヨッシーアイランドシリーズ】 [状態]:健康 思考・状況]基本行動方針:おなかいっぱい 【備考】イメージは「スーパーマリオくん」19〜21巻のポチですが、違うイメージでも問題ありません。 また、漫画版のように尻尾を引っ張ると特別な技が使えるかどうかは、別の書き手にお任せします。 ポポロに支給された犬のような生き物。 初登場した際は巨大な顔に大口、白目という中々奇抜な造形をしている。 トゲや溶岩・毒沼といったヨッシーが落ちるとミスになる場所でも物ともせずに突き進み、ヨッシーが倒せない敵(カチカチくん等)も体当たりで一方的にやっつけられる。 ただし、持ち主の思い通りに動いてはくれない。 作品によっては地面に埋まっているものを教えてくれる。 【邪剣『夜』@BB先輩劇場シリーズ】 田所家に伝わる伝家の宝刀。黒い日本刀のような姿をしている。 そのまま剣として使っても強いが、「焼いていかない」の言葉で炎を、「バッチェ冷えてますよ」で氷を、「爆砕かけますね」で爆発を出せる。 クロコダインのグレートアックスみたいなもの。 【ステテコパンツ@ドラゴンクエストシリーズ】 ポポロが持っているでかい下着。何故かバトロワ会場に埋まっていた。 彼の父トルネコをはじめ、成人男性なら装備できる。装備すると防御力はそれなりに上がるが、かっこよさがものすごく下がる。 このSSが面白かったなら……\ポチッと/ コメントはご自由にお使いください 名前 コメント すべてのコメントを見る
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注意。 この作品には、無茶苦茶な設定が含まれます。 というか、ゆっくり主役じゃないです。 まごうことなきスイーツ(笑)です。何書いてるの、自分。恥ずかしくないの。 彼女なんていないのにさ。 「紅い血の女」 お前は、俺から逃げないでくれるか? 俺は、ひとりぼっちなんだ。誰からも見捨てられた。 孤独なんだ。 お前が家に来てくれてから、俺はとても幸せだ。 だから絶対、俺が死ぬまで側にいてくれ……。 ぴーんぽーん。 冬真っ直中の寒空の下、僕はとある家のチャイムを鳴らした。 いつの間にかズレていた眼鏡を、格好つけて中指で押し上げていると(単にやり易い方法だからだが)、 鍵を開ける音がして、玄関のドアが開いた。 「……大江か。」 玄関にいたのは、同級生の長沢だった。 「……元気みたいだね。おばさんは?」 「お袋ならまだ仕事だ。」 「そう……。」 長沢はくるりと踵を返した。 「ま、入れよ。」 そう言うと、さっさと二階の部屋に戻ってしまった。 「全く……。ピンピンしてるじゃないか。」 僕は長沢の後をついて二階の階段を昇っていった。 見慣れた長沢の部屋に入ると、僕は本題を切り出す。 「それにしても災難だったな。その……。」 「変質者に襲われて、か?」 ……相変わらず、歯に衣着せない奴だ。 「全くだぜ。お陰で折角の平日休みだってのに、部屋に引き籠もりっぱなしだ。」 「何があったんだ?」 僕がそう聞くと、長沢は押し黙ってしまった。 「学校じゃ、詳しいことは話して貰えなかった。普通だったら、手口だとか犯人の服装とか細かく言われるって 言うのに。」 「……。」 「何が、あったんだ。」 長沢はやはり、押し黙ったままだ……。 「ぅゅ……っ!ゆ、ゆっくりしていってね!!!」 突然、ベッドの上にいた、長沢の家のゆっくりまりさが声をあげた。 「ゆ!?おにいさん、おひさ!!!」 そしてぴょんぴょんと跳ねて、僕の足下にすり寄ってきた。 「みきちゃん、おにいさんだよ!!!」 そう言われたみきちゃん――長沢美紀は、少し苦笑いをして、まりさを抱えあげた。 「おう、嬉しいか?」 「うん!!!」 まりさの言葉に、僕も長沢の様に苦笑いを浮かべていた。 「何でこんなに好かれてるのかな、僕は。」 「頼りなさそうな所とか、まどろっこしい所とか、色々長所はあって、判断に困るな。」 「……全部短所じゃないか。」 僕が呆れていると、まりさは長沢の腕の中で頬をぷくりと膨らませた。 「ゆゆ!いくらみきちゃんだからっておにいさんのわるくちはゆるさないよ!!!おにいさんはとてもゆっくり してるからまりさはすきなんだよ!!!」 「へいへい。」 長沢がまりさをあしらっている所で、僕は話を本題に戻す。 「で、何があったんだ。学校じゃ、変な噂が立ってるし。例えば、その……」 まぁ、未成年とはいえ僕らはもうすぐ高校生だ。 その……そういうのは、ねぇ? 「暴行されたとかか?」 「なッ?!」 「おねえさん!!」 やっかいな所でまりさが話に割り込んできた。 「ぼうこうってなにー?」 「乱暴されることだな。ゆっくりだと、無理矢理すりすりー、すっきりさせられ るみたいな……」 こ、こんの……ッ! 「馬鹿!せめてぼかして言えよッ!!」 「これでもぼかしてるぜー?ま、回りくどいことはしないのがあたしの主義だからな。」 そう言ってけらけらと笑いだした。 「……その様子だと、本当に違うんだな。」 「ったり前だぜ。お前も下世話な噂が好きだなぁ。」 「僕が言ってるんじゃない。」 「ふーん、そうか。」 長沢はそう言って、ベッドにぼすんっ、と腰を下ろした 僕、大江健次と長沢は、小学生の頃からの友人だ。 特に何かあった訳じゃない。 何回かクラスが一緒になり、何故だか気が合ってしまったから、 いつの間にか親友と言うか、悪友と言うかの仲になっていた。 男勝りを越して親父臭い口調の長沢だが、見た目はいたって普通の女子だ。黒い長髪で、不良と言う訳ではない。 いや、昔は普通の女の子だった筈だ。それが最近じゃ、口調のせいでか周囲から浮いている。 「なんでだろうかな……。」 「ん?なんか言ったか?」 「いや、別に。」 「それにしても、今日は何でわざわざウチまで来たんだ?」 長沢にそう聞かれて、僕は飲んでいたジュースを噴き出しかけた。 「ゆゆ!?おにいさんどうしたの?」 「げほげほ……、いや、その……。」 「どうせクラスの連中に唆されたんだろ?『恋人の見舞いに行けー』なんてさ。」 僕は不貞腐れてそっぽを向いた。分かってるなら聞くなよ、まったく……。 クラスで僕が冷やかされるのは、今年のバレンタイン、僕が長沢からチョコをもらったからだ。 とはいっても、10円のチ□ルチョコ。……今では20円の物が殆どだというのに、コイツは10円をケチるた めにわざわざ駄菓子屋で買ってきたのだ。 しかも義理チョコで、クラスの男子全員に配る予定が、僕に渡した後はすっかり忘れていたお陰で、僕は長沢の 意中の人扱いされた。 冗談じゃない。 しかも長沢は恥ずかしがるどころか、悪びれた様子もなく、平気でその話をするからタチが悪い。 「機嫌を直せよ、わが恋人。」 「……もういいよ、それは。それより、本当に何があったんだ?」 僕が聞くと、長沢は少し間をおいてから、 「知らん。」 とだけ答えた。 「知らない、ことはないだろ。自分のことなんだから。」 僕が問い詰めても、長沢は難しい顔をして、 「いや、本当に知らん。覚えてないんだよな。」 と嘯く。 「覚えてんのは、昨日ちょっと出かけて帰りまでで、そこから先は無し。朝起きたら病院に居たんだよ。」 「……本当か?」 「本当。なんか変質者ってのも状況判断らしいし。」 「何だよそれ。」 「だって、そりゃ、なぁ。」 長沢は僕に背を向け、後ろ髪を掻き揚げた。 「こんな痕がありゃあな。」 長沢の首には、丸で牙で噛まれたような傷跡が2つ、残っていた。 「こんなの、どう説明しろってんだ?」 日がすっかり暮れた頃、僕は家の近くの公園に居た。 長沢の家で薄気味の悪い事を聞いた僕は、少しばかり暗くなった気分を晴らすため、そこに居る愉快な連中に会 いに来たのだ。 そいつらとは……。 「ゆゆ!!!さなえ、すわこ!!!おにいさんがきたわよ!!!」 「あうー!!!ほんと?かなこ!!!」 「おひさしぶりです!!!」 この公園の遊具に住み着いている、ゆっくりかなこ、すわこ、さなえの3頭だ。 こいつらと会ったのは、小学校五年生くらいの頃。 念願のマイホームとか言って、ここに引っ越してきた時のことだ。 マイホームといっても、実は海外で老後を送っているらしい、遠い親戚の家を改築したものだったりする。 その引越した当日に近くをうろついてたらこいつらを見つけたのだ。 「ゆ!!!おにいさん、きょうはおかしあるの?!」 かなこがさっそくねだり始めた。というのも、僕は度々こいつらにお菓子やら給食のパンやらを食べさせている。 パンに関しては、単に嫌いなものといっても捨てるのが勿体無いから食べてもらっている。 菓子に関しては、なんか、その……義理みたいなものだ。 件のチ□ルチョコを売っていた駄菓子屋で買ってきたやつだから、そんな大したものじゃないけど。 「残念だけど、今日は無い。」 「ゆぅ~。おにいさんたらケチね!!!」 かなこが口を尖らせていうと、 「かなこみたいだよ!!!」 すわこがすかさず、かなこをおちょくる。 「……すわこ、あんたなまいきだよ!!!」 かなこが頬を膨らませてそう言うと、 「かなこにはまけるね!!!」 売り言葉に買い言葉。すわこは胸を張るようなポーズをとる。 「ふん!!!なら、ここでけっちゃくつけるよ、すわこ!!!」 「のぞむところだよ、かなこ!!!」 2頭はそう言うと、互いに頬を押し付け合い、 『うりうりうりうりうりうりうりうりうりうりうりうりぃぃ~!!!』 とおしくら饅頭らしきものを始めた。 「……はぁ。」 途中から、なんだか楽しそうになってる2頭を見て、僕はため息をついた。 「どうされたんですか!?」 そんな僕に寄ってきたのは、3頭の中で一番まともな、さなえだった。 「いや、ちょっと物騒な話でさ……。」 僕が事の次第を話すと、さなえは少し考えているようだった。 『すっきりー!!!』 かなことすわこが喧嘩というかなにかを終えた頃、さなえはようやく口を開いた。 「おにいさん。きょうはもうかえったほうがいいです。」 「え?いや、確かに遅いけどさ、変質者が出た所とは離れてるし……。」 「いいから、かえってください。」 さなえはそういうと、住処の遊具へと跳ねていく。 「どしたの、さなえ。」 「なんでむずかしいかおしてるの?」 そんなさなえを見つけて、すわことかなこが声をかけた。 「……ごめんなさい、かなこさま、すわこさま。おにいさんにはかえってもらいます。」 さなえはそれだけ言って遊具の中に入っていってしまった。 「どうしたのかしら……?」 「ごめんね、おにいさん!!!」 2頭が謝ったが、別に僕は怒ってはいなかった。 ただ、いつものさなえらしくなくて、僕にはすこしばかり不思議に思えた。 どこだ。どこに行ったんだ? こんな時間に出歩くなんて、危ないじゃないか。 最近は冬にも関わらず変な奴が出るというのに。 公園を出た僕は、特に何をする訳でもなく、辺りをうろついていた。 時刻はまだ6時半。だというのに、すでに夜と言えるほど暗かった。 そして、寒い。 「変質者って春出るっていうけどなぁ……。」 そんなことを呟きながら歩いていると 「おい!」 と、声がした。いや、怒鳴られた。 ……驚きのあまり、思わず硬直する僕。 「聞こえてるのか!」 再度怒鳴られたので振り向くと、そこには怒りっぽいことで有名な竹下の爺さんがいた。 「は……はい……。」 ……今日はとことんついてない。 「こんな時間になに出歩いてる!」 「い、いえ、特になにも……」 「理由を聞いてるんじゃない!!」 一際大きい雷が落ちた。 正直、一言注意するだけでいいと思うんだけどな……。 それから、竹下の爺さんが嫌われている最大の原因である、長いお説教が始まった。 基本的には、怒った理由についてのお叱りから飛躍して、いつの時代も変わらない若者論、果ては現代社会の若 者の「心の闇」にまで話は及ぶ。 「兎に角、餓鬼はさっさと帰れ!帰って勉強でもしてろ!」 そう言ったあと、何だかグチグチ言いながら竹下の爺さんは帰っていった。 ふぅ、と僕はため息をつく。いつもなら長いお説教なのだが、今日はあれだけで済んだみたいだ。 早く帰れっていってるのに遅く帰らせる羽目になったら意味がない。 まぁ、もう7時を過ぎてしまったので、充分本末転倒だけれど。 兎に角今日は良いことが無かった。爺さんが言うとおり、早く帰ろう。 そう思って、僕は近道の裏路地を歩いていった。せまくて汚いが、今は一刻も早く帰りたい。 爺さんはそう悪い人では無い、と僕は思っている。基本的には間違ったことで注意はしないし、僕に限って言え ば、締めは真っ当なことを言うし。 「まぁ、話を飛躍させてまで長いお説教を聞かせるのはなぁ……。」 そんな独り言を言っていたときだ。 ふと、僕は足を止めた。 前に人影が見えた。はっきりとはわからないが、背格好からして10歳ぐらいの、金髪の少女のようだ。 何だか見覚えのある、変な帽子を被っている。 見かけない子だな……。 こんな子がいたなら、流石に近所でも話題になるとは思うのだけれど。 そう思って彼女を見ていると、彼女は、 「おねがい。」 そう言って笑った。 その途端、僕に走ったのは、どうしようもない程の 怖さ。 笑顔は屈託の無い、むしろ綺麗で可愛いものだったと思う。 だけどそれにこめられた意味は、大人でもない僕にすら分かるほど明瞭で、そしてただただ 恐ろしかった。 逃げなくてはいけない。直感的にそう思った僕は踵を返して来た道を走った。 声を上げる余裕もない。それほど恐ろしかった。 きっとライオンと対面した獲物、それも、まさに子供の気分だ。 もつれる足を気にも留めず、僕は必死に走って 「おいついたぁ。」 すぐそばに、大きく口を開けた少女の顔が見えた。 犬歯がひどく長くて尖っていたけれど、やっぱり綺麗で―― とても、恐ろしかった。 「うわぁぁぁぁぁ!!!!」 次の瞬間だった。そう、まさに一瞬。 眩い光が通りすぎ、少女は吹き飛ばされていた。 路地に置いてあるゴミ箱にぶつかる音が、派手にしていた。 助かっ……た……? そう思った途端、急に、僕は足に力が入らなくなり、 「うわぁっ?」 前のめりにすっ転んでしまった。 「いてて……。」 起き上がろうとして前を見ると、 「まったく、何をしてるんですか?」 見たことも無い女性がいた。 緑の長髪に、妙な髪飾りを付けて、 なによりも、何故かノースリーブを着た上で二の腕辺りに袖をくくりつけた妙な格好。 普通ならあまり関わりたくないと思わせる服装だというのに、なんだかとても優しい雰囲気のする人だ。 「だから早く帰るように言ったのに。」 ガタン、と音がした。 後ろを向くと、あの少女が起き上がり、こちらを睨み付けていた。 枝のような、翼のようななにかを広げて。 「さがっててください。」 女性にそう言われた僕は、這いずりながら慌てて後ろに下がった。 少女は軽く飛び上がり、 そのまま、滑空してきた。 女性はどこからとも無く、神主さんが持っているような、何かひらひらした紙のついた棒を取り出すと、 軽く振り上げた。 すると、さっきよりも眩い光が走り、あの少女に直撃した。 少女はさっきよりも強く地面に叩きつけられたようで、うめき声を上げている。 「帰りなさい。」 女性は毅然として言った。 「人に危害を加えるようなものに、容赦はしません。」 少女は忌々しげな顔をすると、翼を広げ、夜の空に消えていった。 しばらく訳が分からず、呆然としていると、 「駄目じゃないですか。早く帰って下さいって言ったのに。」 女性が声をかけてきた。 「え、ええと、その……、ど、どなたですか?!」 当然だが、僕はこんな奇抜で綺麗な人に見覚えが無い。 「……まぁ、仕方ないですね。この姿じゃあ。」 女性がそう言った次の瞬間、僕は信じられないものを見た。 不思議だとかいうのを通りこして、不自然だった。 目の前にいた女性が、まさに一瞬にして、 「ゆっくりりかいしてくださいね!!!」 ゆっくりさなえになったのだから。 「ええと、つまり、まとめると、……ゆっくりって人間になれるの?」 「人間ではないですね。」 ゆっくりの姿から、さっきの女性の姿に戻った……さなえでいいんだろうか? 「あくまでゆっくりです。それに、私以外の多くのゆっくりが、人間ではなくて、人間のような容姿の妖怪の姿 を取ります。『始祖返り』って言うんですよ。」 「はぁ……。」 「私達は、私達の生まれ故郷にいるすごい人や妖怪達が力を使った余波で生まれたんです。だから、普段の姿も、 この姿も、その人達の格好を真似してるんですよ。」 たしかに見直してみれば、変な髪飾りはゆっくりさなえがしているものと同じだった。 「あと、すべてのゆっくりがこんな風に姿を変えるわけじゃありません。年を経て、なおかつ自分のあるべき姿 に目覚めたゆっくりだけが、こんな姿になれることもある、ぐらいです。」 「じゃあ、かなこやすわこも?」 「いいえ。お二人はまだ私よりも若いですし……、なにより、ゆっくりがこうなれるというのは、幸せじゃああ りませんから、隠すゆっくりも多いんです。仮に出来るとしても、私には分かりかねます。」 ……というか、さなえってあの2頭より年上だったんだ。 僕の思考はかなり変な方向に飛びっぱなしだったが、ふと、ある大きな疑問が浮かんだ。 「……さっきの女の子はなんだったんだ……?」 さなえは答えなかった。 「あいつもゆっくりだったのか?長沢の奴を襲ったのも、あいつなのか?!」 「……おにいさん。このことは誰にも喋らないでくれますか?」 さなえは、真剣な顔で僕を見ていた。人間のときのさなえの顔は綺麗過ぎて――どこか恐くも感じた。 次の日。 長沢は何事もなかったかのように登校して来た。いつもの様に快濶に喋り、見事なまでに浮いていた。 本人はそれさえも楽しんでいる様な気もしたけれど。 「ちょっといいか、長沢。」 昼休み、僕は長沢を屋上に連れ出した。 周りはいよいよ告白だのなんだのと五月蠅かったが、僕はとにかく無視した。 「なんだよ、大江。」 屋上に着くと、長沢は不満気に尋ねた。 「……今日は、早く帰れよ。夜も出歩かない方がいい。」 長沢の顔が余計に機嫌悪く変わった。 「……お前はいつからあたしの親だか保護者になった?」 「大事な友達のつもりだけどね。」 僕が毅然と言い放つと、向こうも苦々しい顔をして、 「ああ、そうかい。じゃ、こっちの頼みも聞いてくれるか?」 と、言った。 「頼み?」 「あたしもお前も満足する、一挙両得なお願いさ。」 長沢がにやりと笑うのを見て、僕は無性に嫌な予感がした。 そして、下校の時間。 「……長沢。やっぱり勘弁してくれ。」 僕は本当に頭が痛い。というのも、 「勘弁も何も、な。」 「犯人捕まえるとか、無謀だとは思わないか?警察に任せればいいだろ?」 長沢が、犯人を自分で捕まえると意気込んでいたからだ。 「警察じゃ当てになんないんだよ、この場合。」 「いや、だったら余計僕らには無理だろ。」 「心配すんな。それこそびっくりするような助っ人がいるからさ。」 長沢は昼と同じくにやりと笑ったが、僕は凄まじい不安を抱えていた。 『先ほどの少女は、おそらく、ふらんが「始祖返り」したものでしょう。』 『ですが、いくら私達が本物に劣るとはいえ、「始祖返り」したのなら、先ほどのような「光の弾」を撃てない ものはまずいません。』 『と、なれば、不完全な形で「始祖返り」を果たしたゆっくりなのでしょう。故に、彼女の本物と同じく、吸血 することで、あの姿を保っているのです。』 『一体何のために……?』 『分かりません。ですが、放って置ける訳もありません。彼女がどうあれ、ゆっくりのこの性質が、このような 形で表沙汰になれば……あまりに不幸なことになります。』 『私や、私の知り合いのゆっくり達で何とかします。おにいさんは、このことを決して他言しないで下さい。』 「そんじゃま、今日の夜8時にな。」 「……。」 「おい、聞いてんのか、……大江!」 昨日さなえに言われたことを思い出していた僕は、長沢の言葉で我に返った。 「ご、ごめん……。」 「ったく。いいか、8時だぞ。……ってヤベ!、隠れろ!」 長沢はいきなりそう言うと、電柱の影に僕を引きずりこんで隠れた。 「な、何だよ!?」 「竹下のじーさんだ!見つかると厄介だぜ……。」 電柱からこっそり覗くと、確かに竹下の爺さんが歩いていた。何かを探しているようだった。 「別に僕らを探しているような雰囲気じゃなさそうだけど。」 「だから嫌なんだよ。あいつあたしを見つけたら難癖つけて説教するんだよ。」 長沢曰く、竹下の爺さんは、完全に男口調で話す長沢には大層ご立腹なようで、姿を見るたびガミガミ言ってく るらしい。 「女はもっとおしとやかにって……んな古臭いこと言うんじゃねぇっての。あたしの心は充分おしとやかぜ?」 僕としては、それは違うと思う。 「……どうやら行ったみたいだな。じゃ、頼んだぜ。」 「お、おい!」 長沢はさっさと帰ってしまった。 どこだ!どこに居るんだ?! 危ないじゃないか。お前はまだ子供なんだ。 昨日だって、夜遅くにボロボロになって帰ってきた。 何があったと言っても教えてくれない。 あいつと同じように、手遅れにはしたくないんだ。 だから、早く出てきてくれ……。 「塾で一般参加も出来る特別講習があるらしいから」という名目で家を抜け出してきた僕は、待ち合わせ場所で 長沢を待っていた。 長沢が襲われた通りから、少し離れた場所だ。 件の通りは、僕が近道に使う裏路地並みに人の気配の無い、寂れた通りだった。流石に不気味だから、夜ここを 通る人は、まずいない。 「あいつ……何でこんな所通っていったんだ……?」 僕がそんな独り言を呟いていると、 「お前にしちゃあ早いなぁ!!」 と、後ろから長沢の声がした。 「むしろいつも遅刻するのは長沢の方だろ。って、」 そう言いながら長沢の方を振り向くと、僕は言葉を失った。 「お、おにいさん……!!」 「うー?しりあいなのぉー?」 長沢と一緒に、あのさなえを抱えた体付きれみりゃが飛んでいたからだ。 「およ?知り合いなのか?」 長沢がさなえに尋ねる。 「うー。れみりゃはしらないんだどぉー!」 「そりゃお前も言ってたから知ってるって。聞いてんのはさなえの方。」 長沢はそう言うと、僕の方を向いた。 「で。知ってるのか?」 「あ、ああ。僕ん家の近くに住んでるゆっくりさなえだよ。……で、そのれみりゃは?」 僕が聞き返すと、長沢は大層うれしそうににやついて、 「驚くなよ。実はコイツがあたしを助けてくれたのさ。れみりゃ、見せてくれよ。」 「うー!らじゃー!!」 そう言ったれみりゃは一瞬にして、昨日のさなえと同じく、人の様な姿になった。もっとも、体付きのためか、 単により洗練された姿になった、という気もする。 「……あら。反応薄いわね。」 「変なこと言うからじゃないのか?」 「仕方ないじゃないの。にくまんのときはあんな調子なんだから。」 「……ちがいますよ。」 2人の掛け合いを遮って、さなえが言った。そして 「もう、見るのは二度目ですから、ね。」 人の姿になった。 「うわっ、お前もかよ!」 「あら、いいリアクション。」 僕と違って、長沢は大層驚いていた。 「じゃ、お前昨日襲われたのか?!」 長沢の言葉に、僕は頷く。 「それを、このさなえに助けてもらったんだよ。」 「へぇぇ。あたしの方は、襲われて直ぐにれみりゃに助けてもらったけど、血が足りなくて意識が朦朧としてた からな。れみりゃに『何も知らない、分からないと言いなさい』って言われたっきりだったんだよな。」 「仕方ないじゃない。」 「ま、助けてくれて連絡しに昨日来てくれただけでも良しとするぜ。」 そんな息の合った掛け合いをする2人を、さなえはじとりと睨んでいた。 「……何よ。」 「言ったじゃないですか、れみりゃさん。このことに人を巻き込むのはやめよう、って。」 「仕方ないじゃない。みきちゃん乗り気なんだし。異様な強引さがあるのよね、この人。」 「嬉しいぜ。」 照れる長沢。 「褒めてないと思うよ。」 突っ込む僕。 「ともかく、お2人を巻き込んでどうするつもりですか?いくら不完全な『始祖返り』だからって、単純な力だ けで見れば、人間にとっては脅威なんですよ?!」 「分かってるわよ。2人には囮として頑張ってもらうわ。」 まるで、当然のことのように言い放つれみりゃだったが、さなえは頭を抱えてしまった。 ……僕も、気持ちは分かるような気がした。 「ひとまず、2人にはあの路地を歩いてもらうわ。出来るだけゆっくりしていってね。私達の方は、ゆっくりに なって潜んでいるから。」 れみりゃはそう言って、 「うっうー!それじゃたのんだどぉー!」 と肉まんになった。 「……あまり賛成しかねますけど……お2人とも、もしふらんに出くわしたら……ぜんりょくでにげてください ね!!!」 さなえもゆっくりに戻った。 「そんじゃま、作戦開始ってところだな。ビビるなよ?」 長沢は酷く楽しそうだった。 「……はぁ。」 僕はため息しか出ない。何だか、さなえの苦労が分かる気がした。 僕と長沢は2人並んで歩いていた。囮を2人使う意味が良く分からないが、多分ノリだと思う。 あのれみりゃなら充分あり得る。 「なぁ、大江。高校、どうした?」 ふいに、長沢が声を掛けてきた。 「え?ああ、例の進学校。母さんや父さんも乗り気でさ。特に行きたい高校があるわけじゃないし、学力的にも 大丈夫らしいし、そこを第一志望にした。」 「……そうか。」 ……どうしたんだろうか。妙に元気が無い。 「すごいなー、お前。あたしじゃあそこは無理で、結局公立だしな。ホンット、頭いい奴って羨ましいぜ。」 「……褒めるなんて、どういう風の吹き回しだよ。」 「別に。あたしはあたし、お前はお前の道を行くだけだ。」 そう言って、長沢は黙りこくってしまう。 本当にどうしたんだ?さっきまでは犯人を捕まえてやろうって意気込んでたくせに。 今は、なんだか空回りをしてるようだった。 「それにしてもさー、お前、クリスマスはどうするよ。」 「え?ああ、普通に家で過ごすけど。」 「……ふーん。」 「長沢はどうするんだ?」 「あたしも暇だぜ。彼氏いないし、な。」 「まぁ、そうだろうね。色々難ありだし。」 「……大江もそうだろ。お前みたいな陰険な眼鏡に興味ある女なんてそうそう居ないし。おまけに、学力はいい けど馬鹿だし、頼りないし、友達少ないし……。」 「ちょ、ちょっと、いきなりどうしたんだよ。そんなに僕のこと嫌いか?」 長沢は、いきなり立ち止まった。 「お、おい、長沢!」 「だからさ!」 長沢は僕の方を見据えていた。 「あたしがクリスマスに、いや、ずっと一緒に居てやる。」 「え?」 僕の思考はしばらくの間、堂々巡りしていた。 こいつは一体何を言ってるんだ? こいつは自分が何を言ってるのか分かっているのか? そして、僕も。 そして、それを打ち破ったのは、最悪な予兆だった。 「……長沢。いいか。」 「な、なんだよ!?悪いかよ!」 「……顔赤らめてる場合じゃない。」 あのときの、気配だ。 前を見ると、あの時の少女が居た。 僕と長沢は、じりり、と後ずさる。 「走れ!!!」 そして、全力で逃げた。 「れみりゃ!!さなえ!!出番だぁ!!!」 長沢が大声を張り上げる。 だが。 来ない。 「ああ、もう、あいつら何してんだよ!!」 長沢が愚痴る。僕もまるで同じ気分だ。 必死になって逃げるが、相手は空を飛べるのだ。 直に追いつかれる。 「くそっ!死ぬほど恥ずかしい思いしたからって、まだ死にたくないってのに!!」 まったく、僕も同じ気分だ!! 翼の音が耳元まで迫る。なんであの2人、来ないんだ?! 「おいついた。こんどはにがさないよ。」 居ない。こんな時間まで何をしているんだ?! まさか、逃げ出したのか。 お前まで、俺の前から居なくなるのか。あいつと同じように。 頼む、俺が悪かった。もう叱ったりしない。プリンはいくつでも食べていい。 食べてすぐに寝てもいい。後片付けだってしなくていい。 ただ、俺の側で笑って居て欲しいんだ。 ……くそ、何だってこんな時にガタがくるんだ、この体は! 絶対、絶対に見つけるぞ。無くしてたまるか!手遅れになる前に、早く家に帰って、あの笑顔を―― 「倒れるような無理は、しない方がいいわ。」 ……誰だ、あんたは。 「さぁ。それより、お話があるんだけれど、聞いてくれる?」 うるさい。そんなことより、俺は―― 「ほらほら、無理しない。自分の体のことより、ふらんちゃんのことが大事?」 ……なんで、知ってる。 「お話があるって言ったでしょう?少しばかり、酷な話だけど。」 耳元で声が聞こえた途端、少女は光に弾き飛ばされ、影が少女を押さえつけていた。 長沢が急に止まったので、それにつられた僕はやっぱり前のめりに倒れた。 「ごめんなさいね。ちょっとばかり遅れて。」 少女を押さえつけながら、れみりゃは……あまり反省してなさそうな口ぶりでそう言った。 「その……少しお説教をくらってたんです。」 僕の前に降り立ったさなえはそう言うと、少女の前へと歩いていく。 「……じゃま、するな。」 「するに決まっているでしょう。貴方は自分が何をしているのか分かりますか?」 「おじいちゃんには、わたししかいないんだ!だから!!」 「だから、こんな体が欲しいのかしら?」 れみりゃがそう言うと同時に、少女の姿は消え、体の無いゆっくりふらんがいた。 れみりゃはため息をついた。 「まぁ、分からなくも無いわね。あんまんの、それも体付きじゃあないのなら、確かに世話なんて出来ないわね。 好きな人のために自分を高めたいと思うのは、悪いことじゃない。けど、そのために誰かを犠牲にするのは止め なさい。そんなことをして夜の姿を手に入れた所で、あなたのおじいさんは喜ぶと思う?」 「う、うう……。」 「そうよ。」 ふと、横の建物から声が聞こえた。 白い服を着た、紫の髪の女性がいた。 「あなたのおじいさんは、こんなにもあなたを大事にしてるのに。」 隣には、竹下の爺さんがいた。 「本当、だったのか。」 「ええ。」 爺さんはふらんの下に駆け寄った。 「ふらん!!お前は……!」 「う、うう……。ごめんなさい、おじいちゃん……。ふらんは、おじいちゃんをひとりぼっちにしたくなかった の……。ねたきりになっても、いっしょにいたかったの……。」 「ふらん……。」 竹下の爺さんは、ふらんを大切に抱きかかえると、僕らの方を見た。 「……お前ら、」 僕は、てっきり爺さんに因縁をつけられると思った。長沢も同じことを考えたらしく、舌戦の構えをみせたが― ― 「すまなかった!!!」 爺さんから出たのは、謝罪の言葉だった。 ……冷静に考えれば、自分の飼っているペットが人に危害を加えれば、普通は謝る。 まぁ、そうしない人の印象の方が強く感じる現代だけれど、――本来は、それが筋だ。 爺さんは僕たちに頭を下げると、長沢の方を向いた。 「特に、危険な状態になるまで血を吸われたお前には本当に申し訳なかったと思う。俺がいうのもおこがましい が、……許してくれないか。」 「いいさ。別に。」 長沢は、やけに素直だった。 「あたしは、あんたと違って根に持たないのさ。」 ……それが根に持ってるってことだと思うけど。 「すまん、ありがとう、ありがとう……!」 爺さんの方は感動してるから、いいのか。 「れみりゃ。」 先ほどの紫髪の女性がれみりゃに声を掛けた。 「なにかしら。お説教の続き?」 「ええ。勝手に人を巻き込むのはやめなさい。こういうのはえーきさまのお仕事なんだけど、まぁ、いいでしょう。ゆっくりなんだし。」 「これからはもう止めてくださいよ、れみりゃさん……。」 さなえは泣きそうな顔をしている。 「乗った私が言えることじゃないかも知れませんけど、酔狂なことはやめて下さい……。」 「……分かったわよ。」 れみりゃはそう言うと、翼を広げた。 「もうおじ……私のおにいさんが残業から帰ってくる時間だから、失礼するわね。」 「まぁ、言いたいことは無いし、えーきさまでもないからもういいわよ。さなえも、ね。」 「じゃ、そういうことで。」 れみりゃはそう言って夜空へ消えていった。 「私も、すわこさまやかなこさまが心配するといけないので、これで。」 さなえも、同じように飛んでいってしまった。 紫髪の女性は、僕と長沢の方を向くと、 「大変だったわね。あのふらん、どうしても体を持ちたかったらしくて、あんなことをしたみたいなのよ。」 そう言って、ふらんを抱いている竹下の爺さんを見た。 「あのおじいさん、ガンなんだそうよ。」 「え?」 意外だった。とてもそうは見えない。 「まだ初期の段階で、直る見込みはあるんだけどね。入院に必要な費用もあるそうだし。……けど、 ふらんを家に置いて入院したくはないそうよ。」 「……家族に預けりゃいいんじゃないか?でなきゃ親戚とか。」 長沢がそう言うと、紫髪の女性は首を横に振る。 「親戚からは断られたそうよ。それに、あの人……奥さんとお子さんを事故で亡くされたそうよ。だから、あの ふらんを大事にしている。」 紫髪の女性は長沢を見つめる。 「改めていうけど、だから、本当に許してくれるかしら?」 「そこまでいわれちゃあ、なぁ。一層文句つけようがないぜ?」 長沢はそう言って、僕を見た。 「女に怪我させられた彼氏としてはどう思うよ、大江。」 「か、彼氏!?」 「なんかもう、それでいいだろ。あんなこと言っちゃたし。で、どうなんだ?」 そう言われても……。 「いや……別に、長沢がいいなら、いいんじゃないか?」 そう言うしかない。 「じゃ、この話はお開きだ。もう9時だし、帰って風呂入って寝よう。」 長沢はそう言って、1人でさっさと帰っていってしまった。 「……勝手だなぁ、あいつ。」 僕がそう言うと、あの女性は 「ふふふ、恥ずかしいのよ。あの子、なんでこの道を通ってたか知ってる?」 と言って、僕を見た。 「え?……さぁ?」 「ここを抜けると、百円ショップがあるの。そこでマフラーの材料を買ってたんですって。」 ……あいつ、どこまでもケチだな……。 「でも、どうしてあなたはそんなことを……?」 大方、この人もゆっくりなんだろうが、どうしてそんなことまで知ってるのか。 「ふふふ……それはね。」 女性の姿が変わった。 「わたくし、れんあいそうだんにもうけたまわっております……ふふふ。」 例のチ□ルチョコがある、駄菓子屋のマスコット。白石さんがそこにいた。 数日語。僕はあの駄菓子屋を訪れていた。 冷蔵ケースをスライドさせると、そこに白石さんがいた。 「ゆっくりしていってね。……所で、べんちでゆっくりしたいんだけどいいかしら。」 「うん。」 「竹下のおじいさんは、」 ベンチに下ろすために抱えた僕の腕の中で、白石さんは言った。 「ろうじんほーむにはいるそうよ。」 「……そう。」 なんとなく、少し寂しい気もした。あの人のお説教をくらうことも、もうないのか。 「すこしさびしいわね。そうおもわない?あのひとには、もうふらんしかのこっていなかったのよ。」 子供さんが病気で亡くなってから、爺さんはだんだんと偏屈になり、子供が憎くなっていったらしい。 何故、自分の息子が、あそこで遊びまわっているクソガキどもと一緒に居られないのか、と。 そんな爺さんは、次第に親戚中から煙たがれていったらしい。 「けど、あのふらんも、おなじほーむに、ゆっくりせらぴーとしてつとめるそうよ。」 「ゆっくりセラピー?」 「びょうきのひとやおじいさんおばあさんを、なごませてげんきにさせるゆっくりのこと。」 「ふーん……。」 あの時の、無邪気で恐ろしい顔が浮かんだが、僕には、何だかしっくりくるような気もした。 「ねはわるいこじゃないわ。きっとうまくやってける。」 僕はベンチに白石さんを乗せると、隣りに座った。 それから何を話すわけでもなく、それこそゆっくりしていたのだけれど、ふいに白石さんが呟いた。 「『現代ほど、老人にとって孤独な時代は、なかったかもしれない』」 「……?なに、それ。」 「なんでもないわ。もうよんじゅうねんもまえのことばよ……。」 雪がちらつく。 「おいる、ってけっこうつらいものね。いろんなものをうしなっていく。だんだんと。」 「……けど、さ。」 僕は、訳もなく呟く。 「けどさ、爺さんには、ふらんが居る。ああまでして、一緒に居てくれようとしたふらんが。だから、爺さんは 辛くても、楽しい人生を送っていけると思う。」 「ふふ。そうね。」 白石さんはいつもの澄したような顔でそう言うと、体を付けた。 ……どういう原理なんだろうか、これ。 僕がそう思っていると、白石さんはいきなり、 「しょうねん。じんせいのはかばへのしょうたいじょう、うけとれるかしら。」 と言い出して、前を指差した。 その先には、 「……おう。」 やけに顔を赤くした、長沢がいた。 「ゆっくりしていってね!」 ……変な編み物をまとったまりさを抱きかかえて。 「すまん。マフラー無理だった。」 長沢は俯いた。 「だろうね。」 期待はしてなかった。この結果は予想出来たよ。 長沢は俯いたまま、僕の目の前まで歩いてきた。 ひどく緊張してるのが分かった。足と手を同時に出して歩いてたし。 そして、空を仰ぐと、まるで最後通告かのように、こう言った。 「だから、さ。プレゼントはあたしで我慢してくれ。」 「……よく、そんな恥ずかしいこと言えるな。」 「いいだろ。別に。」 「それに、あじはほしょうするよ!!!」 『なんのだ。』 僕と長沢は顔を見合わせた。 「きがあうわね。」 白石さんが茶化す。 「まさかえっちなことかんがえた?それはいけないとおもうよ!!!」 まりさは、小馬鹿にしたような顔で僕に言った。 「じゃあ、何なんだよ、まりさ。」 僕が聞くと、まりさは得意げに、 「けーきだよ!!!みきちゃんがつくったけーき!!!」 「うわっ、馬鹿!言うなって!!」 顔が赤いままの長沢はそう言うと、恥ずかしそうに僕を見た。 ……なんだ、この乙女全開の長沢は。UMAか何かだろうか。 そんな考えが顔に出ていたのか、長沢はぶすっとした口ぶりで、 「……悪いかよ。」 と呟く。 「……まぁ、仕方ないんじゃないかな。うん。」 「どういう意味だよ。」 だって今日は、クリスマスだから。 #もう、ごめんなさいしか言えない。 #タイトルの元ネタは円谷プロの傑作特撮テレビドラマ、「怪奇大作戦」第7話「青い血の女」より。 正直面影全然無いorz あまずっぱくていいですーー!!♪ なんかどきどきしてきちゃいましたよー?これってなんだろ?だろ!? 兎にも角にも良い作品です。ありがとうございます。 -- ゆっけの人 (2009-01-03 18 18 26) 名前 コメント
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いいねがほしいっていうきょく【登録タグ Relu VOCALOID い 曲 鏡音レン】 作詞:Relu 作曲:Relu 編曲:Relu 唄:鏡音レン 曲紹介 Reluです。今回マクドは奢りません。 奢らんけどでもTwitterフォローもマイリスもして欲しい。 歌詞 (PIAPROより転載) いいねが欲しい!いいねが欲しい! なんでもいいからいいねくれ 唄歌ったらいいね欲しい はい! 顔面上げたらいいね欲しい はい! イラスト描いたらいいね欲しい でも全然いいね つかへんやんか… なんでなんでなんでなんでなん? そのいいねで僕救われるんやけど なんでなんでなんでなんでなん? 別に減らんからええやんけ! 数字なんか気にしてないよ はマジでウソ 正直気になるとかいうレベルじゃない それしか頭にないないないない 人命救助やと思っていいねください ほんまに頼むわ お願いや 出来るだけいいねして フォローして 拡散して! コメント 名前 コメント
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梓「ここにもよく来ましたね」 唯「ムギちゃんがバイトしてたとこだね」 梓「去年の夏休みに何回かここでムギ先輩に会いましたよ」 唯「へー、お客さんとして?」 梓「いえ、働いてました」 唯「え? ムギちゃんは向こうでもバイトしてるんだけど」 梓「こっちに帰って来た時はたまにここの仕事もやるって言ってました。愛着があるんでしょうね」 唯「あずにゃん、そういうことはもっと早く教えてくれてもいいのに」 梓「先輩達はご存知なのかと思ってました」 唯「いくら親しくなっても、お互い知らないことってたくさんあるものなんだね」 梓「先輩達は比較的秘密の少ない間柄だと思いますよ」 唯「そうかなぁ」 梓「羨ましいですよ」 唯「うーん……まぁいいや。それより、ちょっと寄ってかない?」 梓「こんな時間にですか。お腹空いてないですよ」 唯「ドリンク一杯だけでもいいから。ね」 梓「しょうがないですね。お客さんも少なそうですしちょっとの間休憩させてもらいますか」 唯「よーし、いこー」 梓「びっくりしましたね」 唯「うん。まさかムギちゃんがいるとは」 梓「何だかんだ言ってセットを頼んじゃいましたし」 唯「ムギちゃんは商売上手だねー」 梓「従業員が揃いも揃って風邪を引いたそうですね。私達も気をつけましょう」 唯「うん、寝るときは身体を冷やさないようにね」 梓「でもこんな時間にフラフラしてたら明日は体調崩すかもしれないですね」 唯「それはダメだよ。明日はあずにゃんの旅立ちの日なんだから」 梓「もう帰りますか?」 唯「せめて桜高にはお別れを言わなきゃね」 梓「見えてきましたよ」 唯「校門は閉まってるかぁ」 梓「当然ですよ」 唯「じゃあ敷地の周りをぐるっと回ろうよ。この校舎と、ここで生まれた思い出を、じっくり胸に刻み込むんだよ、あずにゃん」 梓「そういうのは卒業式で済ませました」 唯「私もあずにゃんの泣き顔見たいからもう一回卒業式やろうよ。二人だけで」 梓「泣いてませんよ、今年は」 唯「はぁ~、意外と広いもんだねー」 梓「ですね。やっと半周ですよ」 唯「疲れちゃったからもう一度ムギちゃんの店に寄る?」 梓「帰ります。早く帰って寝たいです」 唯「しょうがないなー。ん?」 梓「どうしたんですか?」 唯「見て。校舎の壁の隅の方」 梓「落書き、ですね」 唯「相合傘、だね」 梓「名前見えますか」 唯「見えない」 梓「まぁ、詮索するのは野暮ですよね。あんな所に書いてるんですから秘密にしたいんでしょう」 唯「……やっぱり女の子同士、なのかな。女子高だし」 梓「もしかしたら先生と生徒、とか。……あまり考えたくないですけど」 唯「自分の名前と校外の彼氏の名前を書いた、っていうのもあるかもね」 梓「何にせよ、可愛いものですね。母校に自分がいた証をさりげなく残していくって」 唯「あずにゃんも何か残したりした?」 梓「物は残してませんよ。……ただ、先輩達が残してくれたものは、私も同じように残すことができたと思います」 唯「来年は廃部になったりしないかな」 梓「大丈夫です。軽音部はなくなりません」 唯「そう、よかった」 梓「唯先輩」 唯「なに?」 梓「私、もう放課後ティータイムに戻ってもいいんですよね」 唯「もちろんだよ。……がんばったね、あずにゃん」 梓「はぁ、もうすっかり身体があったまってしまいました」 唯「マフラーが暑苦しくなってきたね」 梓「風邪引くといけないので外さない方がいいですよ」 唯「そうだね。ん、どうしたの、あずにゃん」 梓「ここも思い出の場所、ですね」 唯「あぁ……。あの時のあずにゃんの顔が忘れられないよ」 梓「どの時ですか」 唯「『ゆいあずってどうですか?』」 梓「私そんなこと言いましたっけ」 唯「言ったよ~。ふわふわとぅああ~いむ」 梓「言ってません」 唯「あずにゃん、歌上手になったよね」 梓「そうですか? ありがとうございます」 唯「ここで一曲歌ってく?」 梓「草木も眠ってる時間なんですから止めましょうよ。またの機会に」 唯「マンションの部屋で歌うのは近所迷惑だしなぁ」 梓「どこかいい場所ないんですか」 唯「う~ん、あ、いつか一緒に行ったよね。大学構内の大きな木がある場所。あそこなんてどう?」 梓「いいですね。ここと雰囲気が似てますし」 唯「うん。じゃああそこで『ゆいあず』再結成だね」 梓「はい。暇があれば」 唯「早起きして時間作ればいいんじゃないかな?」 梓「唯先輩には厳しいんじゃないですか」 唯「頼りになる隣人が越して来るから大丈夫」 梓「しょうがない人ですね」 唯「あずにゃんの家だ」 梓「もう私の家じゃなくなりますけどね」 唯「そんなことないよ。ここがずっとあずにゃんの家であることに変わりないよ」 梓「そうであってほしいですね」 唯「時間があったらちゃんと帰って来て、お父さんとお母さんと笑顔で食事するんだよ」 梓「はい。たまには唯先輩も招待しようかと思います」 唯「う~ん、私は……」 梓「いやですか?」 唯「私、あずにゃんのご両親に嫌われてないかな?」 梓「どうしてですか?」 唯「娘をたぶらかした泥棒猫、みたいに思われてないかな?」 梓「ただの先輩としか思ってませんよ」 唯「ならいいけど」 梓「でも確かに私は唯先輩にたぶらかされてるのかもしれませんね」 唯「えー……」 梓「でも」 唯「ん?」 梓「自分で選んだ道ですから、しょうがないです。唯先輩を放っておくのはすっきりしないですから、もう少しだけ付いて行っても構いませんよね」 唯「ご両親は納得してるのかな?」 梓「納得させられるように頑張ります」 唯「そっか。私も出来る限り協力するよ」 梓「じゃあ夕食に招待した時はちゃんと来てくださいね」 唯「うーん……わかったよ」 梓「では、おやすみなさい、唯先輩」 唯「おやすみ、あずにゃん。また明日」 梓「えぇ…………唯先輩」 唯「んー?」 梓「これからも……よろしくお願いします」 唯「……こちらこそ」 ――――― 梓「私がN女子大に入学して二週間が過ぎた。 今夜は2,3年生の先輩(唯先輩達はいなかった)が催した新歓コンパだった。一次会は9時頃に終わり、先輩達に二次会に誘われた。 私は二次会にも参加することにした。女の子だけだしそんなに遅くまではかからないだろう、という軽い気持ちだった。 しかし、ついて行った店では他大学の男子学生が数人たむろしていた。聞けば先輩達の知り合いで、偶々居合わせたらしい。 せっかくだから一緒に飲もうという話になった。私は乗り気じゃなかったものの、適当に付き合って帰るつもりだった。 だが先輩達は男子学生と話しこんで中々帰る気配がない。私以外の数人の新入生も絡まれていた。 私は痺れを切らし、門限があると嘘を言ってお金を先輩に渡し、店を出た。 しばらく歩いていたら突然後ろから手首を掴まれた。振り向くとさっきの男子学生集団の一人だった。いかにも軽薄そうな人だった。 ひどく酒臭くてよくわからない言葉を発していたが、断片的に聞き取れた単語を繋げると、どうやらお誘いのようだ。 丁重にお断りをして帰ろうとしたが離してくれない。大声を出してみたが、助けは来ない。まずいと思う間もなく路地裏に……。 突然男の力が緩んだ。そして別の手が私を引っ張り走り出した」 唯「はぁはぁ、ここまで来れば大丈夫、かな?」 梓「……唯先輩」 唯「大丈夫だった? あずにゃん。何もされてない?」 梓「……はい。危なかったですけど」 唯「よかったー」 梓「……どうしてここに?」 唯「バイト帰りにあずにゃんの声が聞こえたから。あんな所で何してたの?」 梓「……新歓コンパの帰りです」 唯「こんな遅くまでやってたの?」 梓「……二次会です」 唯「どうして二次会に行ったの?」 梓「……行ってもいいじゃないですか」 唯「ごめん」 梓「……すみません。二次会に行かなければあんな目に合わなかったのに。調子に乗ってました」 唯「大学生になったばかりなんだから好奇心旺盛なのはわかるよ。しょうがないよ」 梓「……しょうがない、んですか」 唯「これからは気をつけようね。食べ過ぎない。飲み過ぎない。遅くまで飲まない。暗い道、狭い道は避ける。一人では歩かない。必ず年上の信用できる人と一緒に帰る」 梓「……気をつけます」 唯「ほら、元気出して。無事だったんだから」 梓「……唯先輩、格闘技できたんですか?」 唯「ん。えーと、ごしんじゅつ? バイトの先輩のお姉さんがね、ちょっとだけ教えてくれたんだ。一人暮らしの女の子は身につけておいた方がいいって」 梓「……今度私にも教えてください」 唯「いいよー。でも誰にだって通用するものじゃないから気をつけてね。さっきの人は細身だったし、一人だったし、酔っ払いだったし、ふいうちだったから何とかなったんだよ」 梓「……でも……かっこよかったです」 唯「え?」 梓「……何でもないです」 唯「憂たちとは一緒じゃなかったんだっけ?」 梓「……クラスの集まりでしたからね。純はクラスが違いますし、憂は学部が違いますから」 唯「新しい友達はできたかな?」 梓「……ええ。話してみると趣味が合う人が何人かいました」 唯「一緒に食事するとその人の意外な部分が見えたりするからね。飲み会はいいよ~」 梓「……よくないこともありますけどね」 唯「あー……忘れた方がいいよ。教訓にはした方がいいけど」 梓「……私が子供だったんですよ。みんなともっと仲良くなれると思ってホイホイついて行ったから」 唯「子供じゃないよ。仲良くなりたいって気持ちを持つのは悪いことじゃないよ」 梓「……唯先輩は大人ですよね」 唯「え?」 梓「……上手に友達を作って、もしもの時の対策もちゃんと立てて、他の人も守れて」 唯「私だって最初からできたんじゃなくて、この一年の経験があって」 梓「……だから、いやなんです」 唯「あずにゃん?」 梓「……ごめんなさい。唯先輩は今も私が見てなきゃ不安な人だと思ってたのに……。ごめんなさい。思い上がった考えですよね」 唯「あーずにゃんっ」 梓「にゃっ……」 唯「私にはまだまだあずにゃんが必要だよ~」 梓「……そんなこと」 唯「そんなこと、あるよ。ギター教えてもらいたいし、朝起こしてもらいたいし、それに」 梓「……何ですか」 唯「あずにゃん分が足りな~い」 梓「……もう、道の真ん中でひっつかないでくださいよ」 唯「あまりお酒臭くないね、あずにゃん」 梓「醜態をさらしたくありませんでしたから」 唯「醜態?」 梓「一昨年のお花見と二ヶ月前の合格祝い。ひどかったらしいですからね」 唯「可愛かったよー」 梓「そこまで親しくない人に見せられるような顔じゃないと思います」 唯「そういう顔を見せられる人が増えるといいね」 梓「私はそこまで増やしたいと思わないです」 唯「萎縮することはないよ」 梓「そういうわけじゃないです」 唯「視野を広げることも必要だよ」 梓「少しずつやっていくつもりです」 唯「うん、焦らずね」 梓「でもその前に」 唯「なあに?」 梓「そろそろサークル活動を始めたいです」 唯「んー……」 梓「今まで先輩達は私が来ることを拒んでましたよね」 唯「拒んでた、っていうかね」 梓「大体の理由はわかります。サークルを始めるのは今日みたいな集まりを通して同期の友達を作ってからでも遅くない、って考えだったんですよね」 唯「うん。まぁそういうことだよ。最初が肝心だからねー。あずにゃんがしっかり大学生活をスタートさせてから迎えようってみんなで決めてたんだよ」 梓「もう私はスタート地点に立ちましたよ」 唯「うーん、私だけで判断することはできないからねぇ。りっちゃん達に相談しないと」 梓「唯先輩の目から見た私はどうですか? まだ高校生のままですか」 唯「うーん……」 梓「正直に言ってください」 唯「正直に言うと……あずにゃんはまだ危なっかしい子かなぁ」 梓「そうですか」 唯「最初が肝心だからね。今の内に私達以外との交友関係も広げておかないときっと後悔すると思うんだ。もちろんあずにゃんが私達と一緒にいたいって気持ちもわかるし、私達だって同じ気持ちだよ。でも……」 梓「わかりました」 唯「あずにゃん」 梓「もう少しだけがんばってみます。先輩達が不安がらないくらいたくさん友達作って、たくさん遊びます」 唯「でもほどほどにね~。私達のこと忘れないでね~」 梓「忘れるわけないです。何のためにこの大学に入ったと思ってるんですか」 唯「うん。あずにゃんなら大丈夫だね。よーし」 梓「どうしたんですか」 唯「今夜は飲もう!」 梓「もう遅いですよ」 唯「お店で飲むわけじゃないよ。私の部屋においで」 梓「今日は飲みすぎましたからこのへんで」 唯「全然飲んでないでしょ。明日は休みだし、部屋には私と憂しかいないから遠慮することはないよ」 梓「唯先輩」 唯「部屋にお酒残ってたかなぁ。ちょっとコンビニで買ってこうか」 梓「まっすぐ帰った方がいいと思います」 唯「だねー。夜遅いし危ないもんね」 梓「全く危なっかしい人ですね」 唯「えへへ~、すみませんねぇ」 梓「しょうがないですね。ちょっとだけなら付き合います」 唯「やったー! じゃ、いそご。憂が待ってるよ」 梓「うわっと、引っ張らないでくださいよー」 11